「じゃ、行こうか。」
観念した、という感じで服を着替え、シューズを履く。
ダンナが先延ばしにしていた気持ちは良く分かるし、仕事の後にこのような重労働を課すのは気の毒でもあった。
しかしだ。
健康診断の結果を持ち帰り、今年も去年と同じ反省をし、このままではジワジワと悪くなっていくばかりなのである。言い換えれば、どんどん健康を害していくのである。
結果としてはそう酷いものではない。
しかしまるで良くなる気配もない。
この数字は「たまたま」ではないのだ。何かを変えないと、好転はしないのである。
そして、先延ばしにすればするほど、後がなくなるはずだ。
一応ダンナといえど人さまの結果なので詳しいことは書かないが、どれも原因は不摂生からきていると思われる。
これらの数値を下げる方法を毎年調べるのがもはや行事のようになってしまっているが、これらは食生活と運動で改善できるのだ。
食べるものに関しては、量、質とも変わってきて改善されつつあるのであまり焦っていない。
となると運動だ。
ダンナ自身それは良く分かっていたようで、今年の目標にジョギング再開を挙げ、「今月こそ」「今月こそ」と見送っていた状態であった。
9月。
今年ももう残り3ヶ月しかない。
「暑い」という言い訳もできない。
検査の結果も出た。
いよいよ、となったのであった。
前置きが長くなったが、これはダンナの話ではない。本題は私だ。
私のダイエットもなかなか結果が出なくなってきたので、私も一緒に走ることにしたのだ。
「最初は軽く3キロぐらいから」などとダンナは言っていたし、曲がりなりにもビリブーを続けてきたので、そこそこ楽に走れるのではないかとナメていた。
とはいえ、ジョギングとエクササイズは別物である。
無理をしないよう、私がダンナの前を自分のペースで走ることになった。
これまでのジョギングでは、ダンナの方がペースが早くて持久力もあったのである。
ついていけないとキツいので、私がペースメーカーとなった。
ところで私の中での「ジョギングの3キロ」とは、「軽く」「慣らし」程度の位置づけの距離であった。これはコンディションがあまり良くないとか、時間がないという時の距離なのである。
ところが家を出てほんの少し走っただけで、まずふくらはぎが痛くなってきた。
それはもう不快な痛みで、ものの5分で嫌になってきたのだ。
早くも「3キロも走るのかよ・・・。」と後悔の気持ちが湧いてくる。
さらに5分も走ると疲れてきた。困った。
「1キロね。」1キロに達すると、ダンナが後ろから声をかけた。
まだ1キロ!!勘弁して、もう帰りたい・・・。
ハッキリ言って、瞬間の疲れとしてはビリーの方がキツいが、あっちは動きが次々変わるので、このようにダラダラ同じ疲れを持ち越さないのである。なので「ここだけ頑張れば」とひとつひとつ乗り越えることができた。
しかしなんだこのジョギングは、単調な苦痛が延々続くのである。気が狂いそうだ。
もう嫌だ、終わりにしたい。
こうなったら早く終わらせてしまえEE:AE5B1
私はペースを上げた。
ヤケクソと言ってもいいほど上げた。
ここはこれまでのビリーの効果か、キツかったが頑張れた。
しかし結構走ったつもりだが家までは遠く、いい加減疲れてとうとう足が止まってしまった。
「も・・・ハァ、う、ハァ・・・、イヤハァだぁハァハァEE:AE474」
ダンナに訴えるも、歩くなり走るなりして家まで行くしかないのである。観念して再び走り出す。
家に帰ったら疲れて何もする気にならなかった。
口から出る言葉は「疲れた」「もうイヤ」ばかりである。
懲りた。
もうジョギングなんかするもんか。
楽しかった時期もあったはずだが、今となっては理解できない。
ビリーという新しい恋人とうまくやるわ。