人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

ちょっとした出来事

当事者には「ちょっとした」どころではないだろうが。

仕事帰りのスーパー。

ケチで半額好きのぽ子は、店を何周もしてアイテムを吟味する。

吟味するのは品質ではなく、値段を吟味しているのだ。安心されい。

で、パンの売り場に行き、値下げのシールを探していると、

「・・・じゃねぇか。」と誰かがブツブツ言っているのが聞こえてきた。

良く聞き取れなかったが、不満であることはその口調で想像できた。

右隣にいるオヤジである。

背格好は田村正和のような雰囲気だが、白髪頭で、ちょっと崩れた感じである。

「パンがねえじゃねぇか。」

恐らくもう一度繰り返したのだろうその言葉通りに、陳列棚のパンは品薄であった。

普通、そういった事をいちいち口に出しはしない。

しかし、オヤジ・オバハン年代になると時々こういう人種が混じるのだ。

私はこの人前での「独り言」が大嫌いだ。

なんで心に留めておけないのだ。子供か。

しかしイライラする心とは裏腹に、一体何がそんなに口からこぼれ出てしまうのか、気になってしまう。

で、このオヤジはパンが少ないのが不満だと。

いやだねぇ、短気は。

その代わりに値引き品がこんなにあるんだから、いいじゃないか。

オヤジはパンの売り場を離れたが、その後も何か言っているのが聞こえる。

ん?さっきとは様子が違うぞ。

さっきよりでかい声で、誰かに向かって言っているようだ。

私の心はときめいた。こうなったら独り言オヤジ、ウェルカムである。

値下げ品を買って帰るだけのしみったれた日常に、ちょっとした刺激の予感。

「・・・言えねえのかよ!」

私が聞き取れたのはこの言葉だけだった。

なぜならオヤジは、絡んでるようで実はビビリで、聞こえよがしにモゴモゴ言っていたからだ。

しかし状況は見て大体分かった。

オヤジの先にいたのは、小さな子供を3人連れた若い母親であった。

その子供がはしゃぎ回っているのが気に食わないらしい。

はしゃぎ回ってるとは言っても走り回ったりしている訳ではなく、ただキャッキャキャッキャと母親にまとわり付いているだけで、その地味めな母親は忙しそうに子供を引っ張りながら買い物をしているだけだ。

変なオヤジなのだ。

何だっていいのだ。機嫌が悪いか子供が嫌いか、さしずめそんなところだろう。

文句を言われている母親にオヤジの声は届いてるのかどうか、反応はない。

次の周回で彼らに会った時には、オヤジは子供のすぐ隣にいてギヌロと露骨に睨み付けていた。

やっべー、オヤジよ、我慢できるのか??

結局その時も母親はオヤジに目もくれず、オヤジと逆の方向に歩いていったので、「神の裁きだ!!」などといいながら刺されるような事にはならなかったが。

まぁ平和がやっぱ一番だね。

私はレジを通り、カウンターで戦利品をエコバッグに入れていた。

すると私の隣にバサッと乱暴に、黒いエコバックのようなものが投げられた。

何となく投げたヤツは分かる。

ダメだ、振り返って目が合ったら刺されるかもしれない。

私は平然と荷物を移し続けた。

果たして持ち主は、かの短気で口元の緩いオヤジだったが、「俺は目が悪いんだよ。」と人よりちょっと大きめな声で店員に言っただけで、大人しく私の隣に来て買ったものをバッグに入れ始めた。

ホッとしたのも束の間、

「!&%$#”*’!!ッッ!!」とヒステリックに叫ぶオバサンの声。

正確に言うと、次第に興奮してきてだんだん声がでかくなってきたという感じだ。

最初このオバサンはオヤジに文句を言っているのかと思っていた。

あからさまに顔を見る訳にもいかないから声だけ聞いていたが、「触らなくても・・・」とか「暴力です!!」とか言っていたから、このオヤジ、そっちの方だったかと思ったのだ。

あまりにもギャーギャー言うので店中の人が集まってきた。

そこで私もキッチリ振り向いて何が起こったのかを見届けることにしたのだが、オバサンが攻撃しているのは隣のオヤジではなく、先ほどの子連れの親子だった。

「何だ??」「何でそんな怒ってんだ??」

隣のオヤジはもう大人しくしてられずに、首を突っ込む。

しかし興奮したオバサンはギャラリーにまでいちいち説明などしない。

「あなたじゃなくて、子供に謝って欲しいんです!!」

オバサンは母親に喰らいつく。

子供が何かしたのか?

すると突然オヤジは「何を言ってるんだ!!こんなにいい子じゃないか!!アンタは何を!!いい子だぞ!!」とのたまった。

先ほど悪態をついて睨み付けていたその「いい子」達は今、売り物の本を座り読みしている。

いい子の根拠はどこからか。

突然のオヤジの弁護にオバサンは面食らってしばらく黙っていた。

しかしオヤジが調子に乗ってエキサイトしてきたので、ついにオバサンは矛先を変えた。

「子供がね、こうして何度も覗き込むように見にきたんですよ、こんな風に。ウチの子は障害があるんです!!これは触った触らないじゃなくても、暴力ですよ!!」

シーン・・・。

「お母さんに『何とか言ってください』って言ったら『子供に言ってもしょうがないででしょう』って開き直るんですよ!!」

しばしの沈黙の後、オヤジは「すみませんでした・・・。」と繰り返した。

おー、意外な展開だな。

頭が弱いのか酔っ払ってるのかと思ったが、単なる我慢のできないイライラ君だったのか。

しかし今度はオバサンの興奮が納まらず、ギャーギャーまくし立てるので、あっけなく「そんなこと言ってもしょうがないだろう!!」とオヤジは反撃を始めた。

その隙に親子は、私を追い越すような形で店を出て行った。

その時耳に入って来た母親の言葉はこうだ。

「ほんとヤバイよ、なにこの店。もう来ない。」

発表です。

悪い人の第1位は、全てに知らん顔をした上に子供にモラルを教えなかった、この母親です。

第2位は、全く意味のない言動で私を含む周りを混乱させた、オヤジです。

第3位は、興奮しすぎて言い分もターゲットもシッチャカメッチャカになってしまったオバサンと、野次馬根性で見ていた私です。

何か後味悪かった。

やっぱり平和が一番だ。