「ボタンが咲いたんだよ~。まぁあの、お前も忙しいとは思うけど・・・。」
ボタンが咲いたので、父のところに行ってきた(笑)
行ってみたら、2日前に兄も来たそうである。ボタンが咲いたから。
いきなり呼び出したらしいが、電車で一本で来られるようになったとはいえ、17駅だ。近くはない。
やっぱり父は、ひとりになって寂しいのだろう。
そして兄もそれが分かっているんだろう。
だから私も、行くのである。
父が昼ご飯を用意していた。
料理は好きで、粋なことや変わったことをするのも好きな人である。
今回はベランダが見えるテーブルにコンロを置き、小さなフライパンで肉や野菜を焼きながら食べた。
山盛りのサラダと、たっぷりのピクルス。ほうれん草とネギのスープ。
目の前には散りかかったボタンの花。
最近の健康状態、短歌の事、近所のお店の話。
話したいからか忘れてしまうのか、話題はいつも、あまり変わらぬ繰り返しだ。
やがて母の話になり、昔話へと移っていく。
またこの流れEE:AE4E6嫌な予感。
そもそも父と母は、不仲であった。
というか、母が思うようにならないことに、父が焦れていたような感じか。
だんだんその辺の不満へと、話は遡っていった。
ただ昔と違うのは、その口調に怒りやジレンマはもうない。ただ淡々と、あの時母はこうだった、こんなことを言った、と過去を語っていた。
その過去は、少しずつ時間を進めて現在へと近づいてくる。
ヤバい、来るぞ。次は私に矛先が。
「で、ぽ子がこんな風にしたんで、俺は仕方なく、」
来たEE:AEB64
このまま聞いていれば、ますます泥沼の時代へと話が進むはずだ。
「お父さん。お父さんがモヤモヤするのは分かるけど、それはみんな一緒だよ。今さら話しても仕方ないじゃん。みんな胸の中に収めてるんだから、楽しい話にしようよ。」
父は一瞬黙って、我に返ったように言った。
「うんそうだ、その通りだ。そうだな。」
単に歳をとったからか、母が死んで弱くなったのか、父は素直になった。
かく言う私もいちいち父に噛みつかなくなったし、何となく上手くまわっている感じだ。
「で、ここに引っ越して来て、まぁ最後はふたりでこうして暮らすようになったんだね、という訳さ。」
父は、何とかハッピーエンドにまとめてくれた。
が、
「でも可哀想でな。せっかくこれから、というところであの病院が・・・。」
・・・・・・・EE:AE5B1
ヤバい、こんどはそっちに行くかEE:AEB2F
母が死んだのは、病院のせいだと思い込んでいるのだ。そうでも思わないと、やっていけないのかもしれない。
しかしだよ、これももう何度も何度も聞かされ、いい加減ウンザリしていた。
楽しい話じゃない。何の意味があるのだ、こんな話に。
このままウンウンと聞いていれば、話は延々と続く。オチなんてありゃしない。「病院め」というところで行き詰って止まるしかない話なのである。
なのでつい、「病院が悪いかどうかなんて、分からないじゃない。」と言ってしまった。
すると父は、「いや違う。お母さんは病院に殺されたんだ。」
ブチ。
この人は、極端なのである。負の感情が心の中で増殖し、形を変えていることに気付かず噴き出してくるのだ。
「もうそういう話は聞きたくない。」
そう言い私は席を立って部屋を出て、皿を洗い始めた。
父はしばらく、部屋から出てこなかった。
昔の父なら私をクソミソに罵倒していたところだろう。
しかし私には、父が部屋で小さくなっているところが簡単に想像できた。
私に理解してあげられなかったことか。
私に言い返されたことか。
私が父を放ってしまったことか。
その全てがかもしれない。これらがあっさりと父を傷つけてしまったのだ。
父はこんなにも簡単に、傷ついてしまったのだ。
「これは、どうやって持って帰ろうかね?」
やがて父は、何事もなかったかのように、食べ切れなかったサラダの皿を持って現れた。
背中を丸めて、ひと回り小さく見える。
「これも持って行かないか?」
あれも、これも、と色々出しては袋に入れていく父。
ひとりぼっちになった父。
年老いた父。
弱くなった父。
あんなに威勢が良くて、何度も私と衝突し、何度も私を罵倒し、何度も私を殴った父が、小さくなってしまった。
「じゃあまた連絡するよ。今度はうちにも来てね。」
そう言って別れたその手には、たくさんの手土産を持たされていた。
父はあの後、どうしただろう。
散りかけたボタンのある部屋で、ひとり俯いている姿が目に浮かんで来て仕方がない。