人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

散りかけのボタン

「ボタンが咲いたんだよ~。まぁあの、お前も忙しいとは思うけど・・・。」

ボタンが咲いたので、父のところに行ってきた(笑)

行ってみたら、2日前に兄も来たそうである。ボタンが咲いたから。

いきなり呼び出したらしいが、電車で一本で来られるようになったとはいえ、17駅だ。近くはない。

やっぱり父は、ひとりになって寂しいのだろう。

そして兄もそれが分かっているんだろう。

だから私も、行くのである。

父が昼ご飯を用意していた。

料理は好きで、粋なことや変わったことをするのも好きな人である。

今回はベランダが見えるテーブルにコンロを置き、小さなフライパンで肉や野菜を焼きながら食べた。

山盛りのサラダと、たっぷりのピクルス。ほうれん草とネギのスープ。

目の前には散りかかったボタンの花。

最近の健康状態、短歌の事、近所のお店の話。

話したいからか忘れてしまうのか、話題はいつも、あまり変わらぬ繰り返しだ。

やがて母の話になり、昔話へと移っていく。

またこの流れEE:AE4E6嫌な予感。

そもそも父と母は、不仲であった。

というか、母が思うようにならないことに、父が焦れていたような感じか。

だんだんその辺の不満へと、話は遡っていった。

ただ昔と違うのは、その口調に怒りやジレンマはもうない。ただ淡々と、あの時母はこうだった、こんなことを言った、と過去を語っていた。

その過去は、少しずつ時間を進めて現在へと近づいてくる。

ヤバい、来るぞ。次は私に矛先が。

「で、ぽ子がこんな風にしたんで、俺は仕方なく、」

来たEE:AEB64

このまま聞いていれば、ますます泥沼の時代へと話が進むはずだ。

「お父さん。お父さんがモヤモヤするのは分かるけど、それはみんな一緒だよ。今さら話しても仕方ないじゃん。みんな胸の中に収めてるんだから、楽しい話にしようよ。」

父は一瞬黙って、我に返ったように言った。

「うんそうだ、その通りだ。そうだな。」

単に歳をとったからか、母が死んで弱くなったのか、父は素直になった。

かく言う私もいちいち父に噛みつかなくなったし、何となく上手くまわっている感じだ。

「で、ここに引っ越して来て、まぁ最後はふたりでこうして暮らすようになったんだね、という訳さ。」

父は、何とかハッピーエンドにまとめてくれた。

が、

「でも可哀想でな。せっかくこれから、というところであの病院が・・・。」

・・・・・・・EE:AE5B1

ヤバい、こんどはそっちに行くかEE:AEB2F

母が死んだのは、病院のせいだと思い込んでいるのだ。そうでも思わないと、やっていけないのかもしれない。

しかしだよ、これももう何度も何度も聞かされ、いい加減ウンザリしていた。

楽しい話じゃない。何の意味があるのだ、こんな話に。

このままウンウンと聞いていれば、話は延々と続く。オチなんてありゃしない。「病院め」というところで行き詰って止まるしかない話なのである。

なのでつい、「病院が悪いかどうかなんて、分からないじゃない。」と言ってしまった。

すると父は、「いや違う。お母さんは病院に殺されたんだ。」

ブチ。

この人は、極端なのである。負の感情が心の中で増殖し、形を変えていることに気付かず噴き出してくるのだ。

「もうそういう話は聞きたくない。」

そう言い私は席を立って部屋を出て、皿を洗い始めた。

父はしばらく、部屋から出てこなかった。

昔の父なら私をクソミソに罵倒していたところだろう。

しかし私には、父が部屋で小さくなっているところが簡単に想像できた。

私に理解してあげられなかったことか。

私に言い返されたことか。

私が父を放ってしまったことか。

その全てがかもしれない。これらがあっさりと父を傷つけてしまったのだ。

父はこんなにも簡単に、傷ついてしまったのだ。

「これは、どうやって持って帰ろうかね?」

やがて父は、何事もなかったかのように、食べ切れなかったサラダの皿を持って現れた。

背中を丸めて、ひと回り小さく見える。

「これも持って行かないか?」

あれも、これも、と色々出しては袋に入れていく父。

ひとりぼっちになった父。

年老いた父。

弱くなった父。

あんなに威勢が良くて、何度も私と衝突し、何度も私を罵倒し、何度も私を殴った父が、小さくなってしまった。

「じゃあまた連絡するよ。今度はうちにも来てね。」

そう言って別れたその手には、たくさんの手土産を持たされていた。

父はあの後、どうしただろう。

散りかけたボタンのある部屋で、ひとり俯いている姿が目に浮かんで来て仕方がない。