「ハーーーーーーーーッ。」
もうすぐダンナが帰って来る。やっと晩ご飯の準備に取り掛かったばかりだ。
なんでいつもこうなっちゃうんだろう。今日こそは明日こそはと思っていながら、結局何も終わらなかった。
やるべきことは、山ほどある。
それなのに、日常のルーティンで精一杯なのだ。
一日は長くはない。
しかし、短くもない。充分な時間は与えられているのである。
どうしてこんなに、頑張れないんだろう。気持ちがそれて、前へ進めない。
故意にサボろうなんて、思ったことはないのだ。しかし結果的にサボッているのと同じだ。
何かをやり始めると、止まらなくなる。家事にしても脱線にしてもだ。
家事なら良かろうかと言えば、そんなこともないのである。
例えばちょっと床を吹いた。こぼして汚れていたからである。
しかし、じゃあついでだこの辺バッと拭いちゃおう。この辺ももうちょっと、どうせなら・・・、気が付いたら角の細かいところまでピカピカに。ハッEE:AE482
1時間。
こういうことが、多過ぎるのである。
結局本来やろうと思っていたことは、先延ばしになる。
こんな繰り返しなので、やるべきことは溜まっていく。
借金と同じだ。首が回らなくなると、気持ちは苦しくなっていく。
ハーーーーーーーーーッ。
占いの本を開いた。
質問をしてページを適当に開くと、その答えをくれるという本だ。
本来ならYES・NOで答えられる質問をしなくてはならないルールだが、何も問わずに本を開いた。こんな私に、何か啓示を。
「ありのままの姿でいい」。
は?ありのままがこんなんだから、困っているのだ。
それでも、誰かに肯定されるということは救いになる。
「いいのか・・・。」思わず呟いて、本を閉じた。
翌日は、登山だ。
最近目覚めてハマッているが、実は苦手な分野である。いかんせん、スタミナも根性もない。あるのは意地だけだ。
今回はいきなりの急勾配に、とてつもなく時間が掛かってしまった。
一体何人、私を抜かして先に行ったことだろう。
足を踏み下ろすのが怖い。滑らないか、転ばないか。ひと足ごとに、悪い予感しかしない。
子供の頃を思い出した。
家族でハイキングに行った時、川を渡ろうとするんだが、怖くて進めない。
学校の遠足では、いつも保健の先生と最後尾を歩いていた。
林間学校の時は、班のメンバーが私のリュックを代わりばんこに持ってくれた。
ハーーーーーーーーーッ。
変わってない。
私はこんなんだ。
人より遥かに劣る、できそこないである。
しかし、自然は人間に平等だ。
火照った体に心地良い冷気。
鳥のさえずり。
日の光に反射する沢の煌めき。
神々しいまでの滝の流れ。
モヤモヤしていた霧のようなものが、少しずつ晴れていく。
時に、毎度あまりにスタミナが切れて辛いので、山の歩き方を色々調べたのだ。
それによると、「会話ができる程度の速さで歩く」となっていた。息が切れるのは、ペースが速い証拠らしい。
なので今回は意識して、ゆっくり歩くようにしていたのだ。
それが功を奏したのか、疲れを感じない。このままどこまでも行けてしまいそうな気分だ。
このままどこまで行けてしまいそうな気分。なんて、素晴らしい気分なんだろう。
やがて苦手な、上り階段に差し掛かった。いつも私を心身共にメタクソにするやつだ。
しかし、できる気がしていた。
ゆっくりでいい。
ゆっくりと、息を整えながら上っていく。
カメだな、カメ、と自嘲していたその時。
「それでいい」
と、何かが訴えかけたのである。いや。
自分の内側から溢れ出たのかもしれない。
すごく、納得のいく収まりのいい答えだった。
そうか、このままでいいのか。
私は、このままでいい。「ありのままの姿でいい」。
フフッ、占いめ。
さて、山での啓示を胸に、私はまた日常に戻った。
夕方になると、我に返る。しまった、今日もまた一日が終わってしまう。
登山に使うトレッキングポールについて調べていたら、こんな時間になってしまった。
魔法は切れた。
やっぱりこのままじゃマズイでしょEE:AEB64