あれはまだ、ラッキーが2度目の入院をする前のことだった。
次の診察の予約より一日早かったが、かなり具合が悪かったので病院へ行ったのである。
評判のいい動物病院で、いつも混んでいる。来てから帰るまで2時間以上かかることもザラだ。
しかし平日の夕方。午後の部が始まった時の混雑が引くと、待合室は静けさに包まれた。
天気は良く、日当たりのいい待合室は暑いぐらいだった。
隣には中型犬を抱いた年配の女性が、愛想良く犬に話しかけながら座っていた。
瀕死の猫を抱えながら、その様子がちょっと妬ましくもあり私はしばらく黙っていた。
病院という、病んだ動物を連れて来る場所なのに、見るからに病んだ動物や悲しげに佇む飼い主をほとんど見たことがない。
まるで動物愛護の楽しい会合のような場である。可愛いですね、などと言いつつ、隣の人に話しかけたりする。
それどころではなかった。
どうしたら少しでも楽に死なせられるのか、そんな相談をしに行くことを考えると気が重い。
何度か私は泣き顔を隠しつつ診察室から出てきたことがあったが、思えばエルの時もそうだった。
和気あいあいと診察を待つ人の中で、私はいつも一人で下を向いていた。
油断できません、覚悟してください。何度言われたことか。
まるで私だけを目がけて、不幸がやってくる場所のようである。
ふと、隣の犬と目が合ってしまった。
それに気づいた隣の女性が微笑みかけて来る。
「もうね、ご飯も食べないんですよ。こんなんなって半年ぐらいだけど、点滴に通ってるの。」
聞けばラッキーと似たような状態だった。
もうかなりの高齢で、2度も死にかけたらしい。
「食欲増進剤も効かくなっちゃってね、ミルクみたいなのを無理矢理飲ませてるんだけど。」
「うちも同じですEE:AE5B1ミルクが乾くと口の周りがガビガビになりますよね!」
女性も私も、笑った。
やがてミニチュアダックスを抱いた女性がやってきて、輪に加わった。ふたりは知り合いのようだ。
ダックスは柔らかそうな毛布に包まれ、白い目で遠くを見ていた。
この子も点滴だ。
一人暮らしなので仕事に行く前に預け、夜仕事が終わると連れて帰っているらしい。
みんな、最期の時間を過ごしているのだ。少しでもこの子達が楽になるように、それだけを願いながら。
妙な連帯感が生まれ、診察室に入る時には「行ってきますEE:AEB30」と力を入れて言い残したのだった。
そして、入院となった。また一か八かの賭けだ。
手ぶらで戻ると、二人は固唾を飲んで私を見守る。
「入院になりました。」と言うと、「ええっEE:AEB2F」と絶句した。まるで自分のことのような表情だ。
ありがとう、分かってくれるんだね。
ひとりで帰らなきゃならないけど、あなたたちがいてくれて本当に良かった。
さようなら。
もう会えるか分からないけど、ワンコさんが安らかでありますよう。