人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

10年後の工ノム

私達はまた、居酒屋で飲んでいた。

毎週末、同じ顔を突き合わせ、まずは瓶ビールを飲み、どうしようかと言って焼酎か日本酒なんか飲んでみたりする。そして最後に、ボトルワイン。

判に押したような週末の夜である。

だからと言って、飽きることはない。それが酒の力なのだ。

話題も尽きない。

なぜなら、どうせ話したことなど忘れてしまうからである(笑)

話題の多くは、その時身の回りに起こっていることや起こりそうなことにまつわるものから始まる。

今日ね・・・、明日は・・・。

そして話題はリンクし、色んな方向へ広がっていくのである。

こうして夜は更ける。

その日、ひとしきり「今日」と「明日」の話をすると、軽く酔いも回り、早速酔っ払いトピックにリンクした。

その日の話題は、「やりたいのにできないこと」。

多趣味というと聞こえがいいが、私達は常にあれこれやりたいことに溢れていた。

対して、使える時間には限りがある。

そして限られた時間を二日酔いや朝寝坊や昼寝に費やしてしまうので、なかなかやりたいことをやれない状態なのであった。

なのでこういう話題に、もはや現実味はない。夢物語である。宇宙旅行に行きたい、と同じだ。

絵を描いてみたい。

卓球をやりたい。

うどんを打ちたい。

塗り絵がしたい。

作曲がしたい。

ピアノを弾きたい。

畑を作りたい。

自転車でものすごく遠くまで行ってみたい。

・・・・・。

単発なら簡単にできそうなものでも、これだけ集まるとどれもできる気がしない。

この時やりたい、と話題に上ったのは、習字であった。

私もダンナも一応、子供の頃に習ってはいた。そして、娘ぶー子が学校で使っていた道具もとっておいてある。

手本がなくてできないと言っているが、実は一番のネックは道具を出して準備をするところなんじゃないかと思っている(笑)

習字熱が熱いのはダンナの方だ。

ダンナは人差し指で居酒屋のカウンターに、何か文字を書いた。あたかも筆で書いているように、グッ、グッ、と力強く。

「こう?」

「の?」

・・・?

「ム・・・?」

こうのム??

ダンナはそれには答えず、何度でも真面目な顔でカウンターに同じ文字を書く。

工。

ノ。

ム。

ダンナは私に解読して欲しいようで、ヒントもなく、ただただ黙ってその文字を繰り返し書いている。

「工・・・、こう・・・、エ??カタカナのエ?あっ・・・。」

工ノム。

じゃなくて、

エルであったEE:AEB64

あぁ、この人の頭の中では、今でもエルがいっぱいなのだ。

そしてそれは、私も変わらない。

「えう?」と言って、私達は彼女の愛しさを語り合う。

10年経っても変わっていない。

飲んだ時の話題。

そこには変わらずエルもいる。

工ノム。