人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

大人の豆まき

節分であった。

こういった行事に疎いので、毎年3日だったか4日だったか分からなくなるのだが、ダンナが豆を買ってきたりするので辛うじて思い出している。

毎年豆をまいていただろうか?それすら思い出せないが、あまり熱心でない程度には、豆をまいていたように思う。

そもそも実家でもそんな感じであった。

私たち兄弟が小さいうちは、豆まきだ、ひなまつりだ、誕生日だとやっていたが、やがて廃れた。

結局父も母も、そういうのはどうでも良かったのである。そして今の私にとっても。

あれらは子供を喜ばせ、細々と日本の文化を伝えていくためにだけあるのだ。

私はその使命を果たしただろうか。あまり自信はないが。

ところが意外と、ダンナや娘ぶー子はそんな風には考えていないようである。

私が作らないので、いつの間にダンナが七草粥係になってしまった。

ぶー子はイベント好きなので、ダンナと一緒になって豆だの雑煮だのと盛り上がっている。

こういう行事は疎かにしない方がいいのは理解するが、この年になって真面目に恵方巻きになどかぶりついていると、滑稽であった。

今年はぶー子のいない節分である。

どうするのかと思っていたら、ダンナは「豆をまかなきゃな。」と言った。

まくんかいEE:AEB64

買い物リストに「豆」と「恵方巻き」を追加。

恵方巻きは高いので、一番しょぼい298円のものを購入。ダイエット中だよっ!

ダンナが帰ってきたのはもう10時を回っていたが、晩ご飯を食べる前にかの儀式を終わらせてしまうことにした。

そこで問題が。

「まいた豆ってどうするんだろう??」

実はこれまでは、回収が楽なようにラップでくるんで投げたりしていたのだ。しかしアレは一体どうなのか。あまりににも形式的過ぎはしないか。

他の家庭はどうしているのだろう?ちなみに実家では、普通に思いのたけザンバラリと投げていた。豆の行く末までは、分からない。

ネットで調べた結果は、本当に人それぞれ。

じゃあ我が家も我が家流にすればいい。

「ラップなどで包まず」、「掃除が楽で」、「極力捨てない」、これが我が家の希望である。

たくさんのネット情報の中から参考にしたのは、「投げたそばから拾って食べる」であった(笑)

一部屋に1粒ずつ投げ、もうひとりがそれを拾ってその場で食べるのだ。ラップでまいて投げるほどの馬鹿馬鹿しさだが、他に全ての条件を満たす方法を見つけられなかったのである。これが我が家の最善だ。

「鬼はどっちがやる?」

「えっ、鬼とかやっぱ必要なの!?」

「そう。」ダンナは確信したように言った。

では私が鬼をやりますEE:AEB64

鬼状に立った私に向かって、ダンナが豆を投げつける。「鬼は~~そとっ!!」楽しそうだ。

「ぐあ~~~ッEE:AE4E5」やられたー、というように悲鳴を上げる。

そして屈んで豆を拾って食べる。

奇妙な行事である。

最後に窓から庭に向かって小声で「オニハーソトッ!」と囁いて、豆まきは終わった。

次は恵方巻きである。

あれで正しくできていたのかは分からない。

しかるべき方向を向いて、願い事を思い浮かべながら無言で食べただけだ。

しかし恵方巻きは、結構大きなものである。一度には食べられないので、一口食べたらあとは晩ご飯ね、と決めていた。

ところが一口食べたら、美味しくて止まらなくなった(笑)ダイエット中の食事前、午後22時30分である。

ふたりともあっという間に無言で食べきっていた。

食後に歳の数の豆を食べるところまでやったが、豆まきの時にすでに数個食べているのである。しっかりカウントし、その分は引いて食べた。

真面目なんだか不真面目なんだか良く分からん。

まぁ面白かった。

来年は、イワシ関係も充実させてみたい。