人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

客人を迎えるために

とうとう明日になってしまった、後がない。

やらなくては、掃除を。

会社の仲間がうちに飲みに来るのだ。

去年と同じである。

九州に比べれば片付け箇所もずっと少ないが、やはりあまり汚いと恥ずかしい。

何より3匹の猫のどいつか全部か知らないが、部屋中トイレにしているヤツがいるのだ。

あちこちペットシーツを敷いてはいるが、それでも何が何だが分からない状態である。

だから臭い。

臭いがどこから臭ってるかすらわからない状態だ。

こういうものが一つでもあると、グッとモチベーションが下がる。

めんどくさいなぁ、何から手をつけるか・・・と考えているうちに、眠くなる。

まぁいいか、来るのは明日の昼だ。

午前中があるじゃないか。

こうなると部屋なんかどこも綺麗に見えてくるから不思議なものだ。

ぽ子は目を閉じる。

その音で目を覚ました。

跳ね起きたと言ってもいい。

その音は、絶対に鳴ってはならない音なのだ。

場所を確認するまでもなく、「ダメーーーーーッ!!!!!」とまず叫ぶ。

ボリボリというその音の方を見ると、エルが2本足で立ち、こっちを見ながら壁のクロスで爪を研いでいた。

「ダメッ、ダメッ、ゴラッ!!」

ヘタに構うと遊んでもらえると勘違いされそうなので、とにかく言葉で凄むようにしているが、距離を保ったまま、40女の凄む声と、あどけない顔で無邪気に爪を研ぐ猫一匹。

毎度そうだがあまり効果がないので、結局ドシンと一歩踏み出してビビらせる。

ビビりはしない。

鬼ごっこが大好きなエルが喜んだだけである。

ところで、ここで思い出した。

確かに汚いとこだらけの部屋だが、こんなに恥な部分があったじゃないか。

この壁である。

エルのせいで、どこもかしこもボロボロである。

私は戸棚からアロンアルファを取り出した。

さっきまでのかったるさは全くない。むしろどこかウキウキしている。

そうだったのだ、いつかこの壁を修復しようと、この凄い接着剤を買ったのだった。

現在の仕事に就いて分かったのだが、ぽ子は意外とチマチマコツコツやる地味な仕事が好きなようだ。

この細かくポロポロとささくれ立った壁のクロスをひとつひとつ接着剤で直していくと思うと、心が躍る。

本当は他にもっと恥な場所はあるのだが、こうなったらもう止まらない。

アロンアルファ。瞬間接着剤である。瞬間。

この製品が世に出た頃、コマーシャルで良く流れていたが、コップの取っ手にこれを塗り、くっつける。

その後コーヒーか何かを注いで持ち上げても、もうくっついているとか、そんな感じのCMだったが、どえらい驚いた覚えがある。

あの時から私の中のキングオブ接着剤はアロンアルファとなった。

しかも先が針で開ける穴である。極細だ。

チマいクロスのささくれにもってこいである。

新品のアロンアルファに針で穴を開ける。

開会式である。

そしてその小さな接着剤を右手に持ち、小さく剥げて壁が覗いている部分にチョンと塗る。

間髪入れずに左手の指先で、はがれてぶら下がったクロスを戻すように押し付ける。

楽しい。

何と楽しい作業。

続けていると色んな発見がある。

「瞬間」という言葉に騙されたが、あまり急いで貼ろうとすると戻ってきてしまう。

小さなささくれなので、下手すると指の方にくっついてきてしまう。

これは一呼吸置いて固まりかけたところを、貼り付けた方がいいのだ。

そして、指では太過ぎる。

私は爪楊枝を持ってきて、その上下を上手く使い分けるようになった。

もうこうなったらクロスの修繕ではない。

遺跡の修復作業である。

しかしあまりにも壁がボロボロで、あまりにもチマチマした作業なので、時間の割には全然はかどらなかった。

よし、わかった。

これは夏休みの自由研究にする。

そうなのだ。ぽ子の夏休みが始まった。

ダンナの仕事が休みじゃないので、暇なのだ。

でもやるかな??

やらないだろうなぁ。

これはきっと普段の家事から逃げる作業になるのだろう。