昔、スズメのヒナを拾った事がある。
道路に落ちていたのだ。
可哀想に思い、何のためらいもなく連れて帰った。
巣から落ちたヒナを拾ってはいけないなどとは知る由もなかった頃である。
案の定ヒナはすぐに弱り、急いで病院に連れて行き一命を取り留めたが、その後は野鳥を育てている方に託した。
15年ほど前の話である。
仕事から帰ると、道路の真ん中にヒナが落ちていた。
泡食ってもがいている。
頭上では電線に止まった親鳥らしいのが2羽、ギーギーとけたたましく鳴いていた。
「ヒナを拾ってはいけません」
ペットショップや動物病院で、もう何度もそういったポスターを見ていたので、前回とは気持ちは違う。
しかしここは道路の真ん中、危険である。
私は家にすっ飛んで帰り、かかりつけの動物病院に電話をした。
事情を話すと親切な受付の方は先生に代わってくれ、そこで指示を受けた。
まぁ基本、手を出すなと。
道路が危険であったら、どこか木の高いところに移すべし。
どこか木、たって、ここは住宅街。
我が家の木は低く切ってしまったし、よその家に勝手に入る訳にもいかない。
なら庭でもいいから、ヒナを大き目のカップに入れ、目立たないところに移すように言われ、私は空のティッシュボックスを持ち再び外に飛び出した。
するとそこには小鳥の最大の天敵、子供がいたのだ、隣の男の子。
追い掛け回していたようで、ヒナはテテテと走り回っている。
私はヒナをどうすべきなのかを彼に説明し、ここは私に任せんしゃい、と主導権を握った。
頭上では相変わらず親鳥が心配そうに、旋回しながら鳴いている。
ワカタッ、この子は庭に連れて行く。
そこで子育ての続きをするが良いぞ、ヒヨドリ夫婦。
ところがヒナは非常に活きが良く、手が触れると「ひえ~~~~!!」とバタついて走り出す。
気の毒だが、道路に子供と一緒に放置するのは極めて危険だ。
ティッシュポックスを傾けてヒナを追い込むと、呆気なくその中に収まった。
収まったが、庭に置くと簡単に飛び出して来た。
この箱では小さ過ぎる。
私は家に戻りかけたが、気がつくと親鳥がカラスにあおられて飛び去っていくところであった。
カラス!!
ぶったまげて私はもう一度病院に電話をした。
カラスっす、カラス。
とーちゃんかーちゃん、逃げました。
先生はう~~ん、と唸ってから、それでもできるだけ保護するべきではない、目立たないところに吊るして置くように、と言った。
私は今度は大きなバスケットを持ち出し、その中にトイレットペーパーとヒナを入れると、我が家の低い木の一番高いところにそれを吊るしてみた。
私の判断は間違っているかもしれない。
恐らく間違っているだろう。
然るべき方々に怒られても仕方がないと思う。
結局私はバスケットを家に入れてしまったのだ。
もう日が暮れて親鳥の姿が見えなくなったからだが、朝になってもしヒナが死んでいたら後悔すると思ったのだ。
気温は下がるだろう。
どれぐらい、食べずにいられるのか?
カラス。
ペットショップに車を飛ばして、すり餌を買ってきた。
片側2斜線の新青梅を走ったのだ。ヒナのために。
私は車線変更ができないが、いざとなったら左折を繰り返して帰るつもりであった。
結局、一番建設的な話をしてくれたのは、このペットショップの店員であった。
育て方を聞き、良さそうなエサを選んでもらい、今度は家へとすっ飛ばす。
最初のうちこそ庭に出てエサをやっていたが、先ほど書いたような理由により、たまらず家に入れた。
入れて、「私は正しい事をした」という気持ちになるために、野鳥のヒナについてネットで検索を始めてみた。
五分五分である。
一番いいのはもちろん親鳥が育てる事だが、ヒナが全く鳴かないので居場所に気づかないのだ。
しかし野鳥のヒナを育てる事は難しいらしく、育ってももう外の世界では生活できないらしい。
一生面倒をみるのは構わないが、問題は「育てるのが難しい」の方である。
今のところまぁ普通にエサを食べてはいるが、これが元気な状態なのか、だんだん元気がなくなっているのか、実はこれで結構弱っているのか、見た目では全く見当がつかない。
なのでさっき「元気だから大丈夫」と思っていても、不安になると「この息遣いはヤバいのか?」となってくる。
私の一番の願いは、ヒナが生き延びる事である。
ネットで検索し続けていると、「いかに危険が多くとも、一番生存率が高いのは『見守る』ことである」という文を見つけた。
・・・わかりました、庭に戻します。
ただし明日だ。
明日、日が昇って暖かくなったら庭の木にまた吊るし、カラスがこないかちょくちょく気をつけて見ることにする。
親鳥が来なかったら、そこでエサをやる。
それまで元気でいてくれればいいのだが。
正直、今となっては自信がない。
ないが、今外に出すよりはいいと信じている。