昨日寝たのは4時半。
どんどん夜更かしはエスカレートし、翌日を半日無駄にしている。
ここまでわかっていて何で止められないのだろうか。
休日の午前より休前日の夜中の方が魅力的なのだ、ぽ子には。
そこには「平日にはできない」というスペシャル感がある。
そこへ酒とゲームとパソコンが揃うのだから無敵である。
この魅力を上回るものを翌朝に準備しないと、このサイクルからは抜け出せない気がする。
昼に起きてラーメン屋に行く。
場所は秋川。
一時間半かけて車でラーメン屋に行き、帰りは古本屋に寄ったので2時間半かかり、家についたら風呂入って乾杯である。
風呂場で乾杯したわけではない。
車での帰り道のことだ。
前を走っていた車が突然ウィンカーを出して止まった。
きちんと左側に寄せなかったので、後ろを走っていた私たちの車は対向車が切れるまで待つ羽目になったが、運転手は運転席からタスポを持って降り、当たり前のように道路を横断して右手側にある販売機に向かった。
そう広くない道路である。
そこにちゃんと寄せずに大雑把に停めるだけでも非常識なものを感じたが、道路を横断する時のその態度が全く悪びれず、偉そうだったところが私たちの怒りに火をつけた。
「なんだアイツは。」
非常識だったにしろ、「よ、すまんの」と軽く手を上げてくれれば気持ち良く譲れるのだ。
そういった小さな挨拶は人間関係を円滑にする潤滑油である。
それをしないという事は他人との関係をナメているという意味じゃないか。
甘えてやがる。
お前なんかひき殺そうと思えばできるのだ。
命を助けてやったんだぞ。
こういったモラルのない行為には、私たちはことの他、敏感である。
どのようにあのオヤジが腹が立ったか、なぜあのオヤジがこんなにムカつくのかと延々私たちは語った。
こうなるとタチが悪いのはどっちかわからなくなってくるが。
ところでこのクソオヤジの一件で、私は昨日の事を思い出した。
私は娘ぶー子と駅に向かうバスに乗っていた。
平日の午前中でそれほどバスは混んではおらず、私たちはバスの後ろの方に並んで座る事ができた。
とあるバス停でひとりの年配の男性が降りようとしていた。
ところが突然運転手がこちらに振り向き、「お客様でどなたか現金で支払う方はいらっしゃいませんでしょうか~~!!」と声を上げた。
説明を聞くとこの男性、両替しようと思った500円玉を支払う方に入れてしまったらしいのだ。
運転手もおつりを持ち合わせていなかったのか、先に乗客から運賃を現金でもらってそこからおつり分を返そうと思ったらしい。
しかし誰も名乗り出なかった。
言い出しにくかった人もいるかもしれないし、カードで支払うつもりだった人ばかりだったのかもしれない。
とにかく誰も名乗り出なかったので事態は進展しなかった。
しばらく運転席のところで二人は話をしていたが、どうやって解決したか程なくして男性は降りていった。
その時この男性はクルッとこちらに向き直り、満面の笑みを浮かべて「みなさん、お待たせしてして申し訳ありませんでしたっ!!」と頭を下げて降りていったのだ。
残された乗客達の顔に、思わず笑顔がこぼれた。
小さな思いやりとはこういう事である。
横柄な態度は何もいいものを生み出さない。
なぜ彼らはあんなに自己中心的で人の気持ちを分かろうとしないのだろう?
可哀想な人たちである。
このバスでの一件をダンナに話したらやはりいたく感動し、「シンドラーの次に偉い!!」と褒め称えた。
さっき食べたつけ麺が中盛りまで無料サービスだったが、普通盛りが200gで中盛りが300gであった。
たくさん食べたいが、+100gでは多過ぎである。
バスの男性とシンドラーの間、そして今日食べたつけ麺の普通盛りと中盛りの間の存在が必要だと思ったぽ子であった。