人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子57歳。

エル、乳腺腫瘍<31>

*下書き保留していたものを、少しずつアップしようと思います。

 

 

思い返せば、昨日は夢のような一日だった。

ブログを読み返すと不安ではあったようだが、今に比べれば、まさにエンジェルタイムと言っていい。

 

その後のエルは、比較的よく食べ、気持ち良さそうに眠っていた。

私はミッツの散歩と買い物とピアノの練習をした以外、ずっと一緒に寝室で過ごしたのだ。

エルは腕枕ではなく布団の上で寝ていた。

寝ているだけでも、状態が悪くないことは感じられた。危機感がない。何がどう、と言われると答えられないが、「大丈夫」、そんな気がするのだ。

 

しかし夜になり、夕食はリビングで一緒に過ごし、寝室に戻って寝る段階になるとまた食べなくなっていた。

波はある。焦らず、また時々起きてはあれこれ出してみた。そして、食べなかった。

ところが朝方にまた、顔をチョンチョンしてご飯のおねだりがあったのだ。私は飛び起きる。

ふと思いついて、カリカリを出してみた。「意外と食べるよ!」というSNSのコメントがあったのだ。もう長いこと食べていないが(食欲増進剤の後を除いて)、これが味覚的鮮度を上げていないか。

 

・・・食べた。

もう、エルの生命力に拍手だ。

しかし、すぐに吐いてしまった。

もうエルの気力だけではどうにもならないのだ。体が受け付けられる状態にならないと。

 

そしてまた、食べない。

吐く。

何も出ない。

寝姿も、具合が悪いように見える。呼吸が大きく、頭がグラグラと揺れている。

声掛けに反応も鈍く、目ぢからがない。

 

吐き気止めが、頭をよぎる。食べようとはするのだ。

エルに、生きる意欲はある。その意欲を尊重することは、自然の摂理に背くことになるのか?

そう、「自然に任せる」と決めたのだ。それならもう手出しはしないということだ。

「苦痛なく眠るように逝かせる」など、夢物語である。ラッキーもミュウも、穏やかな最期ではあったが、そこにもちろん苦痛は存在した。

 

それでもこの子は、生きようとしているのだ。

吐いて、寝込んで、それでもまたカリカリを少しばかり食べ、また吐いた。

幼い頃、酸素室で死線を彷徨っていたエル。それでも彼女は酸素室の中で必死に食べていた。

生きようと。

 

ただ。

今度のエルは、生きれば生きるほど、ガンの成長を許すことになる。

このまま食べられなくなる苦痛と、癌の苦痛。

前者を取るなら、早く送り出してやらなくちゃいけない。

 

そんなことを決める権利が私にあるのか。

目の前で、生きようとしているエルがいる。

それを見殺しにするのが私の務めなの?