一日経って、結局エルはまた、食べなくなった。
厳密には、毎度違う味のものを出し、食べないかほんの少量食べるか、というところである。
心なしか元気もなく、体を起こすとグッタリしている。
いつかは食べなくなる日が来るのだ。それは今日であっても明日であってもおかしくはない。
それでもお皿を持って行った時に見せる関心。まだ食欲は涸れていない、生きる意欲もある、そう思えてしまう。
病院に行った。
もうできるだけエルには負担をかけたくなかったので、エルは置いて私だけ、相談に行ったのだ。
痛感したが、私と病院では立場が違う。
病院は、病気を治すところなのだ。それを私が「負担をかけずに苦痛を取り除きたい」と言っても、エル抜きではどうにもならないのだった。
その「苦痛」の正体を見極め、然るべき処置をするのが病院だ。つまり、検査ありきであり、私がいくら口頭でエルの様子を伝えたところで、何の情報にもならないのである。
もうこんなヨレヨレのところに検査だレントゲンだなど、エルには負担にしかならない。
しかし苦痛を和らげる方法を知るには、検査やレントゲンが必要なのだ。
エルの今の苦痛は、
・腫瘍の苦痛なのか。
・新たな腫瘍が生まれて悪さをしているのか。
・年齢からくる不調か。
・腎臓が悪くなっているのか。
など、可能性は色々あるとのこと。
どうアプローチしていくかは、敵を知らなくてはならない。
検査の苦痛と、現状、そして今後起こる苦痛とを天秤にかけることになる。
酸素室の用意についても、呼吸が荒い原因を突き止めないと、酸素室の意味がないとのことだ。痛みの苦痛で呼吸が荒くなることなどもあり、肺の転移を確定するにはレントゲンが必要。
そして、投薬。
今出ているのは甲状腺の薬と抗生剤の2種。ご飯に混ぜたらご飯を食べなくなったので、直接飲み込ませている。大きいから割って、2回×2種を一日2回。これも結構な負担となっているだろう。
言いたくはなかったが、もう残り時間が少ないなら無理して飲ませることもないのではないか。
しかしこれも、当然医師としての立場の返事になる。抗生剤は腫瘍の悪化を防ぐのでできるだけ飲ませて欲しい。甲状腺も、悪化すると心臓に負担がかかる。
まぁ当たり前と言えば当たり前だ。
しかし意思の疎通は難しいことが分かった。
どうするかは自分で決めるしかない。
ところが、エルに負担になることはしたくない、と言いながら、先生の話で私に迷いが出てきてしまった。
いっとき病院の時間を辛抱すれば、楽にしてやれるのである。
この晩私達は、夫婦でよく話し合った。
