胸の中にステンレスたわしがあって、それが常にゴリゴリと私の中で私を削っている。
「ふうーーーーー。」と声に出してため息をつく。こうして時々体の中の毒素を吐き出さないと、足元から崩れてしまいそうだ。
エルの乳腺腫瘍が確定して、2週間。老猫である。積極的な治療はもうできない。出てくる症状に対処していくのみである。
この後エルはどんな経過をたどるのだろうか。知っておきたかった。覚悟もあるが、希望も欲しかった。
多くの闘病記、解説を読んだが、絶望的だ。この後は転移していく。一番多い転移先は、肺で、とても苦しんで死ぬ。
エルを看取る覚悟はできていた。それは使命だ、受けて立つ心の準備は出来ていた。しかしそれは、先に見送った二匹のような穏やかな死の前提であった。
知らない方が良かった。
知っていようがいまいが、運命は変わらないのだ。心の準備が何の役に立つのか。
今エルは、まだとても穏やかだ。
この最後に残された穏やかな時を、真っ黒に塗りつぶされてしまった。
私は「その時」まで、その兆候に怯えながら過ごしていくのだ。
知らない方が良かった。
不思議なことに今エルは、物凄く良く食べている。なので私の方からもどんどん与えているが、病気とは思えない凄まじさである。まるで体内の死の細胞と戦っているようだ。
薬もない、手術もない、免疫力と悪性細胞との純粋な戦い。エルは自分で戦っている。
その源を絶やさないようにするのが、私の仕事なのだ。
舐め壊した腫瘍を覆うため、服を着せた。残ってしまうと辛くなりそうだから、処分しようと思っていたものだ。
これを着たエルはよちよちとこちらにやってきた。ブログの下書きをしていると、いつもこうして膝に乗るのである。
変わりなき日常。それだけを感じていたい。
人間には、意図的に忘れる、という機能が付いていない。「知る」にはそれなりの覚悟が必要だったのだ。
もう余計な検索はしない。
なるようにしかならない。
