人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子57歳。

知り過ぎた罰

胸の中にステンレスたわしがあって、それが常にゴリゴリと私の中で私を削っている。

「ふうーーーーー。」と声に出してため息をつく。こうして時々体の中の毒素を吐き出さないと、足元から崩れてしまいそうだ。

 

エルの乳腺腫瘍が確定して、2週間。老猫である。積極的な治療はもうできない。出てくる症状に対処していくのみである。

この後エルはどんな経過をたどるのだろうか。知っておきたかった。覚悟もあるが、希望も欲しかった。

 

多くの闘病記、解説を読んだが、絶望的だ。この後は転移していく。一番多い転移先は、肺で、とても苦しんで死ぬ。

エルを看取る覚悟はできていた。それは使命だ、受けて立つ心の準備は出来ていた。しかしそれは、先に見送った二匹のような穏やかな死の前提であった。

 

知らない方が良かった。

知っていようがいまいが、運命は変わらないのだ。心の準備が何の役に立つのか。

今エルは、まだとても穏やかだ。

この最後に残された穏やかな時を、真っ黒に塗りつぶされてしまった。

私は「その時」まで、その兆候に怯えながら過ごしていくのだ。

知らない方が良かった。

 

不思議なことに今エルは、物凄く良く食べている。なので私の方からもどんどん与えているが、病気とは思えない凄まじさである。まるで体内の死の細胞と戦っているようだ。

薬もない、手術もない、免疫力と悪性細胞との純粋な戦い。エルは自分で戦っている。

その源を絶やさないようにするのが、私の仕事なのだ。

 

舐め壊した腫瘍を覆うため、服を着せた。残ってしまうと辛くなりそうだから、処分しようと思っていたものだ。

これを着たエルはよちよちとこちらにやってきた。ブログの下書きをしていると、いつもこうして膝に乗るのである。

変わりなき日常。それだけを感じていたい。

人間には、意図的に忘れる、という機能が付いていない。「知る」にはそれなりの覚悟が必要だったのだ。

もう余計な検索はしない。

 

なるようにしかならない。