去年の年末のことだ。父に年賀状の宛名書きを頼まれた。もう手書きがしんどいと。
我が家のプリンターは壊れてしまったので、私が手書きすることになってしまったのだ。
100均のペン字練習帳で私の字もいくらかマシにはなっていたが、あくまでも自己比較である。あまりにも酷すぎて始めたペン字だったのだ。超ヘタが普通に近いヘタになったというレベルだ。
しかしもう12月も末、他に選択肢がない。やるしかなかったのである。
「できるだけ太いペンで書いてくれ。」
意外とこだわりがあることに驚いた。
ボールペンでいい代わり太いペンで縦書き、「上手い下手ではない、味のある字を書いて欲しい」。なんじゃそりゃ。
上手いも下手も、味のあるないも、私にできることではない。私は私の字を書くのみである。
ところで私は普段、0.5ミリの細めのボールペン(ジェットストリーム)を愛用している。そして縦書きでものを書くことは皆無と言っていい。
「これ敷いた方がいいだろ。」父は分厚い原稿用紙をよこした。ちなみに私は、硬いものを敷いて書くようにしている。
色々やりづらいが、どんな結果になろうと父には逆らわない方がいいということを学んでいた。脅威でも敬意でもない。面倒なことになるからだ。もうどうにでもなれ。私の年賀状ではない。
縦書きのハードルの高さよ。文字が上手く並ばない。ボールペンがただでさえ厚いはがきに筆圧で沈み込み、上手くコントロールできない。
苦手な文字、書きやすい文字が入り交じり、アンバランスな仕上がり。
父は無言でハガキを見た。これは納得していない顔だ。しかし父とて文句を言える立場ではないのだ。何も言わずに、ただ見ていた。無言、という父の評価が痛いほど伝わって来た。
やがて父も、自分で宛名を書き始めた。自分が書いた方がマシだと思ったのだろう。
正直なところ、もうボケて字は書けなくなったと思っていた。
「なんだこんな字、難しいぞ」などと言いながら書いているので覗き込んでみたら、それは以前と変わらぬ父の字であった。
のたくった、ミミズみたいな字だ。ヘタクソだとずっと思っていたが、今私もこうして同じ条件で字を書いてみて分かった。
「味のある字」。
厚い紙束を敷いて太ペンで書くことにより、筆圧による強弱ができる。毛筆のような使い方をしていた。
一文字ずつ仕上げようとする私のペン字と違い、文章に流れを持たせている。
「お父さん、上手いよ!私が書くより全然いいじゃん!」と褒めると、「昔習字をやっててな」と照れた。
そのまま父も、何枚か書いた。私の方が書くスピードが速いため書いた枚数もずっと多かったが、全部でせいぜい25枚程度である。時間がかかっても全部書かせて見守りに徹すればよかった。
正月になり、私のもとへ、私が書いた、父からの年賀状が届いた。「がんばったで賞」みたいな文字が並んでいた。
今年の抱負に書いてはいなかったが、心に決めたことがある。
今年は文字を縦書きでたくさん書く。太ペンや筆ペンも使う。
とにかく書いて書いて、書きまくる。
さすれば「味のある文字」が出来ていくだろう。
年賀状を裏返すと、そこには父の文字があった。
