人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子57歳。

飲みましょう。歌いましょう。踊りましょう。

人間とは、歌い、踊りたくなる生き物なのだろうか。

 

祭りで踊り、儀式で踊り、歓迎で歌い、祝福で歌い。

80年代の青春映画「フットルース」では、学校で禁止されたダンスを認めてもらうため、聖書の「歌い、踊った」という一節を出した。

若い頃に父に連れられて行った沖縄料理のお店では、酒宴が進むとみんなで踊り出し、なんだあれはと驚いたものだ。

父は、酔って良く踊った(笑)

韓国料理のお店でも踊り出し、やめてくれと窘めたらスタッフに「これでいいんですよ」と教えられた。

人は、踊るのだ。

私も、良く踊った(笑)

ディスコで踊った。サンバで踊った。ライブで踊った。カラオケで踊った。

何なんだろう、あの解放感は。やはり人間が生まれながらに持った喜びの本能なのではないか。

 

歌、然り。なぜ酔うと歌いたくなる?

歌も、踊りも、喜びに繋がる。それは、これまでの歴史が証明しているだろう。

間違いない。

人は、歌い、踊りたいものなのである。

 

とは限らないのはなぜなんだ??

歌も踊りも恥ずかしい、好きではないという人が多いのも事実だ。

思うにそれは、単にそれを楽しむ器官が目覚めてないだけなのではないか。

ちゃんと然るべく育てていけば、同じように歌い、踊りたくなるのではないだろうか。

上手い下手ではないのだ。発すれば、いい。自己表現だ。

カラオケやダンスホール的な場所が廃れない訳である。

 

このところ毎週のようにカラオケに行っていたが、ついにプレステにDAMをダウンロードしてしまった(笑)

さすがにご近所に聞こえたら恥ずかしいのでミュートマイク(と呼んでいる、口を覆うなんちゃってマイクだ)は必須だが、それでも覆われたその中で私は、思いのたけ歌っている。ここまで来ると馬鹿なのか?という気がしないでもないが。

しかし、私は感じるのだ。歌を歌っているその時、なんちゃら言う幸せ物質が脳内に発生し、広がり、全身を包んでいる。

合法だぞ(笑)

こんな思い、しない人生よりもする人生の方が幸せではないか。

歌う馬鹿でいい。踊る阿呆でいい。

幸せだ。

 

まぁまず飲みましょう。

道はそこから拓けるのだ。