やっと歯医者に行って来たのだ。
奥歯が痛み始めて、半年は経っているだろうか。
覚えのある痛みだ。虫歯ではない。治療済みの奥歯の痛み。あの時と同じなら、歯の奥が膿んでいるということだろう。
13年前である。治療不可能、抜いて入れ歯かブリッジかと言われていた。
どっちも嫌なので「様子を見ます」と言って終わっていたが、いつのまに良くなっていたのである。いや、もしかしたら慣れたのか、逆側で噛む習慣ができただけだったのかもしれない。
いずれにしろ、今は痛い。使わなければ問題ないが、痛いと言うことが問題なのではないか。
あれから13年も経っているのである。いい治療法ができているかもしれない。
ということで、歯医者に行くことにしたのであった。
しかしかかりつけは、電車、バス乗り継いで1時間半の果てだ。交通費もかかるし、もう今後は近所でもいいのではないか。
探してみるが、ほとほと医者とは信用関係が大事な関係である。なかなか見つからない。
口コミが悪過ぎるのは除外できるが、あとはもうどうにも判断がつかない。
私が歯医者に求めるのは、技術もだが、「痛みのない治療」である。
かかりつけでは「痛覚が異常だとしか思えん」と言われたほどなのだ。
過敏なところはあるかもしれないが、それはこれまでの痛みの実績がそうさせているのである。そして、痛いものは痛い。構って欲しくて言っているのではない。
こうした特性を分かってもらうには、また時間をかけなくてはならないだろう。そしてまた「痛い」という実績を積んでいかなくてはならないのだ。気が重い。
やっと見つけたのは、無痛治療を謳っている新しい歯科だ。そもそも麻酔の注射が痛いのだから、麻酔の麻酔をかけてくれるという。
口コミもいいので、ここに決める。
近未来的な病院であった。
まるでSF映画にでも出てきそうな作りで、真っ白な壁とガラスの部屋がいくつも並んでいる。
リクライニングチェアの前には大きなモニターがあり、ディズニーの映画が流れていた。検査結果もこれで見るようになっている。
スタッフは5つ星ホテルの従業員の如く。笑顔で丁寧な対応。丁寧過ぎるぐらいだ。
これが今の歯科なのか。
1回目は写真やらレントゲンやらを撮り、問題の歯と全体を診て貰った。
やはり奥歯は膿んでいて、やはり抜くしかないかと言われる。
「一応化膿止めの薬をダメもとで出すので、これでダメだったら考えましょう。」
担当の若い医師は、レントゲンの写真を見せて言った。
「前の先生は、凄く頑張りましたね。これは凄いですよ。ピッタリなんです。」
何がピッタリなんだか分からないが、凄いことは分かった。
そして、虫歯もゼロだったと。
かかりつけでは歯磨き指導もしてくれ、私もそれをほどほどに守って来たつもりだ。
彼らのお陰である。
そう思うと、無性にかかりつけが恋しくなった。彼らは信頼に値するのである。ああ、私は早まってしまったか。私はまだこの病院と信頼関係はできていない。
いやいや、「知らない」というだけで、不安に思う根拠はないのだ。知らなくては、進めない。信頼も築けないのだ。
担当医師は、マスクの中で満面の笑みを浮かべているのが分かる。サービス業の笑顔である。
若い男性だ。まだ学校を出たばかり、とでもいうぐらいに若そうだ。
若いんだよ。
つまり経験値が低いということにもなる。
頭を振る。いやいや。こんな風に難癖付けるから、物事が進んで行かないのだ。私の悪い癖だ。
まぁ薬が効いてくれれば何の問題もなく終わるのだ。可能性があるうちは、それに賭けておこう。
こうして一週間が経った。
つづく