その緊張は、本当に突然やってきた。
本番まで、あと2バンドというところか。私はステージで、「およそ緊張などしていない」バンドのライブを観ていた。楽しんでるね。
一方私の心拍数は上がり、喉が渇く。まずい。気づいてしまうと、もうドツボだ。私は緊張していた。
「We are the world」。今回は、ピアノパートだ。シンセの音色入力が煩わしくピアノを選ばせてもらったが、前半は弾き語りの様相だ。ここに来て私は後悔した。
練習は、十分した。余裕はあった。しかし不安もあった。
「ダメだ」と頭をよぎると、バン!と一瞬ブラックアウトして、弾けなくなるのである。なので「ダメだと思わないようにしよう」と思うのだが、そこがもうダメの始まりで、ミストーンを多発する。
何も考えないで自信を持って弾いていればいいのだ。弾ける。弾けたじゃないか。
指先が冷えて痺れて来る。私は掌を丸めたり広げたりしたが、全く良くなって来ない。座っているお尻の下に手を入れる。少しずつ温まる。
しかし緊張はどんどん高まり、呼吸がしづらくなって来る。
「緊張しない方法」、スマホで検索。あぁそうだった、いつもこうして本番前に調べていた。いつまで経っても成長しない。
しかし結局どれも、功を奏さないのだ。
深呼吸。腹式呼吸。ストレッチ。
ポジティブな自己暗示。完璧を目指さない。緊張を受け入れる。
ごもっとも。
つまるところ、自信のなさが発端だ。ライブだけでなく、私の人生そのものも。「ダメかもしれない」という不安が邪魔をする。
そうならないように、たくさん練習したのだ。自信はあった。でも結局はダメなのだ。自信はあっても、その自信はなくなってしまうのである。
原因は練習不足でも経験値の低さでもない。自分の弱さだ。
こうなったらもう、早く終わって欲しい。時間は流れているのだ。どんどん「終わり」に近づいているのだ。終わってしまえばもう、何も怖がることはない。解放されるのだ。ただただその時を待つ。
イントロの歌の入りで、合図を出すように言われていたのだ。それも、上手くできず伝わらなかった。演奏が一瞬止まり、テンポが乱れる。
どうやって戻ったのかは分からない。イレギュラーで混乱し、「ダメかも」発動。音数を減らして対処。あぁ、苦労してコピーしたのに。
頑張れ、曲が進めばどんどん他の楽器が入って来る。それだけ私の音も目立たなくなるのだ。テンポが遅く感じるのは、私が焦って走っているからだろう。私の音が前に出ないように制御する。
で、だ。
リハなしぶっつけ本番である。エンディングの打ち合わせもしていない。
原曲は、大合唱のうちにフェイドアウトとなっている。サビの繰り返しは長いが、どこでどう終わるんだ??やっと顔をあげて、ステージを見渡す。
もうひとりのキーボーディストのマサキさんが、その気配に気づいてこっちを見る。この人は凄い人だよ。私がいっぱいいっぱいであることは、良く分かっているのだ。
何度目かのリフレインで、企画のEbbiちゃんがこっちに向かって合図を出した。それでは終われず、もう一周したところでやっと、演奏はドラムに合わせて無事にエンディングに入ることができたのだ。
バーン、とコードを押さえたままマサキさんの顔を見る。マサキさんはアドリブで盛り上げている。「これ以上弾けません」と言うと、「ジャカジャカして!」と体を動かした。トレモロという奏法だ。ジャカジャカした。おお、エンディング感。
終わった。
「頑張ったね。」マサキさんが、手を差し出す。冷えた手に、温かい。Ebbiちゃんがマサキさんのことを「お兄ちゃん」と呼んでいた頃があったが、本当にお兄ちゃんな人だ。
ところで「マサキ」はずっと苗字だと思っていたが、下の名前であることを知ったのは、割と最近のことである。
さて。責任のない日々が戻った。私はまた、ゲーム音楽を弾いている。
ある程度弾けるようになったらダンナに聴いて貰って次の曲に移っているが、私が耐えられる緊張感は、せいぜいこの程度だ(笑)
ブラックアウトはない。