「さて、もう終わっちゃったね、どうしようか。」
父の国勢調査を仕上げに来たが、高齢、独り身、持ち家、となると記入は一番シンプルなコースであった。
「ゲームでもするか?」と父がふざけて言うので思い出した。
「囲碁、教えてよ。」
父は囲碁が好きで、段を持つほどの腕前は持っている。
コロナの前までは碁会所にも通っていたようだが、最後の方にはだんだん勝てなくなってきたとボヤいていた。この辺りから、ちょっとボケ始めていたのかもしれない。
今、いかほどの能力があるか分からないが、好きだった碁である。私に教えることで、脳にも精神にも良い作用があるのではないかと思っていたところであった。
しかし、賭けでもある。
碁盤を出してきた所でさっぱりどうしていいか分からない、なんてことになったら、取り返しのつかない傷をつけてしまうことになる。
まぁそこまではいかなくても、万が一にも私が勝ってしまったらどうしよう、ぐらいには考えていた。囲碁などやったこともないのである。「勝ちそうなところ、わざと負ける」なんてことができるだろうか。
父は最初ちょっと、躊躇した。自分ができなさそうなことには慎重なのである。しかし囲碁愛が勝ったか、意を決したように碁盤を持ってくる。
自分の色で囲んだ相手の石を自分のものにできる、私が知っていたルールはこれだけだ。なので最初の一手は、父の碁石の近くに置いた。すかざず父の解説が入る。
「ここにこんな風に置くとだな、こう来られた時にこういう展開になる、そしたらこうくるだろ・・・」解説と言うか、どんどん石を出して、もはやひとり囲碁である。
まぁこうやって喋らせるのも、父にはいいことなのだろう。私にはさっぱり吸収できないので、うんうんと適当に聞いていた。しかし、いい加減で中断させないと、勝手に碁石が増えてしまう。
「もう、ちょっとこれ以上、石出すのやめよう!!」
毎回解説のたびにどんどん石を出すので、もとの形が分からなくなって来る。父も父で、言いたいことは言いたいが元の状態など覚えてないのでもうグチャグチャだ。
そして、それでも父が、圧倒的に優勢となっていた。そりゃもう圧倒的に。

全く歯が立たなかった。
時間で区切ったのでここで終わりになったが、私は黒。一見私の方が白を囲んで優勢のようだが、囲み切るとっかかりが全くないばかりか、内側のスカスカ部分は全部父に持っていかれたのである。
まぁでも、安心した。少なくとも当分、私が父に勝つことはないだろう。
父にも自信になったはずだ。
愚痴や悪口を言うより、精神衛生上ずっと良いだろう。
聞く側の私にとっても(笑)
しばらく囲碁作戦でいこうと思う。
誰か、稽古つけてください。