人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子57歳。

そうだね

「そうだね」と言うことにした。

 

日々、物忘れが進んでいる父である。

どこまでが年齢的なものでどこからが認知症的なものか、私には分からない。

病院もサポートも本人が嫌がるので見守り体制だが、日々進行しているのだ。この流れが止められないなら、どこかで決断しなきゃならない時が来るだろう。何の決断?分からない。何だかとてつもなく大変なことが待っているような気がしている。

 

「オレ、頭がバカになっちゃって」父は言う。

さっき言ったことをもう間違えている。やりたいことを思う通りでできない。本人にはストレスと不安が大きいことだと思う。なので「大丈夫」「そんなことない」というような言葉で返して来たが、もう無力だ。大丈夫なんかじゃないことは明白なのである。こんな言葉は何をも救いはしない。

そして気づいたが、むしろ「そうじゃないんだよ」「誰も分かってくれない」という疎外感を産んでいたかもしれない。

気休めの「大丈夫」よりも、「そうだね」の共感、「それならこうすればいいよ」というのが本当の「大丈夫」なのではないか。

 

「バカになっちゃって」を肯定するとこは、現実を突きつけることになる。

でも曖昧に気休めを言ったところで、何も変わらないのだ。変わっていく状況に対して、どんどん置いて行かれてしまう。

もう気休めはやめた。

「そうだね。」

酷なようだけど、まやかしよりマシなはずだ。

安心できるような現実を、作っていこうと思う。