切手をどうしよう・・・・・。
結局ここにたどり着くのだ。
切手は切手でも、古切手である。貼って出すという選択肢はない。もうその使命は終えているのだ。
ではなぜここにある?
何か一つのものを集めていく、ということには、楽しさが生まれるらしい。
収集。
切手に限らず、色んなものを色んな人が集めている。
収集には、楽しさや喜びが生まれるのだ。なぜか。多分人間はそういう風にできているのだろう。理屈ではない。
思えば切手以外にも、しょうもないものを集めていた。カップ麺の蓋。貝殻。シール。食玩。ラッピング。ハギレ。
しかし最終的に「だから?」ということになってしまうのだ。
やっと分かったが、コレクションというものは、ゴールをどういう形にするのか決めていないと、ただ集まるだけでゴミと大差ない。
例えば食玩。これはできればケースに入れて飾りたい。ただそれが具体的にどういう風に、ということが決まっていないから考えなくてはならないのである。
それを考えるのは楽しいことだ。
ケースにひとつの世界を作る。
欲をかけば、壮大だ。そう簡単に、形にはならない。それでも考えればワクワクするのだ。持て余しているのとは違う。一時的に保留しているだけだ。楽しみを後に取っておいているのである。
しかし切手はどうだ?
一応コレクションブックも買った。
理想はジャンル別に収納していくことだったが、膨大な切手をジャンル別に振り分ける作業で音を上げてしまい、そのままである。
そもそもジャンル別とは?
人物とか、動物とか。
記念切手とか。
年代とか。
振り分けながら訳が分からなくなり、自分のしようとしていることがだんだん無意味に思えて来たのだ。
もうこんなもの、いらなくない?
そうはいっても、もしかして貴重な切手が混じっているかもしれない。母の代から受け継いでいるのである。
貴重とまで言わなくても、「収集」として楽しめる人が他にもいるんじゃないか。
売ることも考えたが、価値のある古切手などそうそうないようで、これらがゴミ扱いされるのも忍びない。
そうなのだ。私にとってこれらは価値のあるもので、でも持て余していて、できればこれに価値を見出してくれる人に引き継いでもらいたいというのが本音だ。
そういう専門の窓口のようなものがあってくれればいいのだが、現状ではメルカリやジモティなどのようなサイトに出すぐらいしか思いつかない。
システムが良く分からず、ハードルは高い。
泣きそう。
本棚で何年も動かない切手の箱。
困ったことに、見るとときめいてしまうのである。手放すのが惜しくなる。
困ったよ。
家の中にはそんなものがまだたくさんある。もういい加減にひとつずつケリをつけていかなくては。
まずは切手だ。
ここで宣言してしまおう。
何とかするので、動きがあったらお知らせしたい。
これを切手シリーズとする。
最終回までたどり着けますよう。
