「困ったことになったんだよ・・・。」父は言った。週に一度の生存確認電話の時である。
通帳がなくなったとかそんなことだとは思うんだが、とにかく父の話は長く、まずいつなぜどのようにしてそれを出してきて、それは普段どこに置いてあったはずなんだが、それと一緒にあれこれも入っていて、俺はこういうのもはだいたいこういうところのしまうはずなんだが、もしかしたらこんなことが起こったか、そういえばあの時誰それが来て、その時に見ているからそれより後だと思う、それは何月何日で、・・・・・・・と、これを何度か部分的にリピートしたりもするので、要領を得ないしこっちの集中力もなくなってくる。
「ないと思ったところから出てきたりするもんだよ」といいことを言ったつもりが、「いやね、あれがないと困ったことになるんだよ。」と全く父には響いていなかったので、奥の手を出したのだ。
「ハサミ様に頼むといいよ。」
「あ?」
ハサミ様とは、おまじないのようなものである。ハサミを耳元でチョキチョキしながら、「どこにあるのか教えてください」と問うのだ。
偶然と言うならそれでも構わないが、何度も見つかったことがあるので私は頼りにしている。
「お前は何か、宗教とかやっているのか?」やはり父は食いつきが悪かったが、「ぽ子が言うならじゃあやってみるよ。」と素直に言った。
最近はすっかりこの調子だ(笑)可愛くなったものだ。
翌週。
「出てこねぇんだよ・・・。」出てこないのか。
持ち出してないんだから家の中のどこかにあるはずである。そういう意味では心配なさそうだが、使いたい時にないのでは困るだろう。このままにしておく訳にはいかない。
「ハサミ様、やった?」どうせ口だけでやる訳はないと思っていたら、「おお、ぽ子が言うからオレ、ハサミ様もやったんだよ。ありそうなところによ、こうやってハサミを向けて、『出てこないと首をチョン切るぞ!』ってな、出てこなかったよハハハ!」
「え!?ハサミ様を脅したの!?」
まるで昔話に出てくる悪役そのものである。やるからには多少は希望を持っただろうに、脅して効力を上げようとは。
「何やってるの、ハサミ様は神様だよ!そんなことしたらもう出てこないよ!本当はお願いしなきゃならないのに、脅すなんて・・・。」
「い、いやぁ、アハハ・・・。」
「私はね、出てきたらお礼を言って研いで、ハハア!!って頭下げてるよ!!」
「ハハハ、オレは『首をチョン切ってやる』って言ってやった!」
はあぁ、まぁ信じてないなら仕方ないが、どうしてそう野蛮なんだろうか・・・。
翌週。
「ハッピーですよ。」
父はいきなりそう言った。通帳が出てきたらしい。
どこから出てきたか、それがまた恐ろしく回りくどい説明だったのでとうとう私には分からなかったが、出てきたならいい。もうこの話を延々とリピートすることはなくなるのだ。
「オレな、謝っといたよハサミに。」
「え?」
「だから見つかったのかな!」
父はこんな人だっただろうか?
これはもし「老い」だとすると、悪い年の取り方ではないな、と思う。
ハサミ様、どうか許してやってくださいな。