「効かないです。」
寝る前に安定剤を飲むようになって約8年。
「効かないです」な感じはそもそもずいぶん前からあったが、薬を増やしたり変えたりする不安から、それに気づかぬふりをしていた。
こんなんでも、ないよりはいいのだ。
長い時間をかけて、うまく付き合える方法を確立していたのである。
それをなくし、ゼロから始める不安。
そんなところから、無駄に頑張り過ぎてしまった。
「ないよりはいい」では結局「ほとんどない」であり、それではもはや薬ではないのである。こっちが努力している有様だ。
眠れない。
さすがに続くとウンザリだ。翌日も辛い。
そこへちょうど、その薬がなくなったのである。
薬を貰いに病院へ行き、先生に私はそう告げたのだった。「効かないです」。
先生はうんうんと頷き、「これは長く飲んでると耐性ができちゃうんですよね。」と言い、今度は抗うつ剤に変えてみましょうと提案した。
それは前回、頓服として貰ったのと同じものであった。
その時もやはり薬が切れたので病院へ行ったのだが、ちょうど家の猫が死んだ時で、かなり参っていたのである。ついでに出してもらった。
一度だけ飲んだが、それが、どえらい眠くなるシロモノでそれっきりである。
あれなら確かに、眠れるだろう。
しかしあんなに効くのだ、ってか、あんなに効かなくてもいいんだが。寝入りを手伝って欲しい程度なんだが。
「相当ガツンと効きましたけど、夜飲んで翌日残りませんか?」
先生は顔をしかめた。
「う~~~ん、そうね、まぁ、あんまり効き過ぎるようだったら、半分にして飲みましょうか。」
「効くまでにも時間がかかったように思いますが、いつ飲んだらいいですか?」
またしても先生は難しい顔をして、「そうですねぇ・・・・・・。夕方、・・・晩ご飯の時にしますか。」
えーっ、そんなに早くていいのEE:AEB2F
なんか扱いが難しそうな薬だが、とにかく今の安定剤ではもうどうにもならないところまで来ているのだ。新しい世界を開拓しなくてはならない。
家に帰って、その薬について自分なりに調べてみた。
一応抗うつ剤だが、抗うつとしての効果はマイルドな代わりに眠気が強く出るので、このように睡眠薬代わりに出すことも多いようだ。
医者サイドとしては一般的な処方のようだが、患者サイドの話はなかなかシビアなものである。
翌日ボーッとして終わる。眠くて使い物にならない。
服用をやめてしまう人も多かった。
手強そうな相手にたじろいだが、同時に期待しているところもあった。
眠れるのである。
私はとにかく、ただ、ストンと眠りたい。この薬は、それを叶えてくれそうなのである。
翌日どうなっているかの不安は大きいが、眠れる期待がそれを上回っていた。
大好きなアーティストのCDでも買ったような気持ちである。早く夜にならないかな。
早めに飲んだ方がいいと言われていたが、この日は夜、合唱の練習が入っていた。
出先で寝てしまうようなことになりたくはなかったので、昨日は寝る1時間程前に、半分に割って飲んだのだ。
いつものように、布団に入ってからは本を読む。
来い。
来い。
来たか?
やがてボンヤリと眠くなってきた。
前回あれだけ強烈だったことを考えればまだ先がありそうだったが、無理して起きていることもなかろう。早く寝れるなら、それにこしたことはない。
電気を消す。
ここが一番の正念場だ。
新しい薬を飲んでいるという不安。
薬を半分にしている不安。
これが効かなかったらどうなるんだろうという不安。
緊張度はいつもより高かったが、結果的に薬の効き目も強かったのだ。
期待していたようにストンといかずとも、この緊張度でここまでやってくれれば十分である。慣れれば緊張も少なくなるだろうし、そうなればストンも夢ではないかもしれない。
朝も、普通に目覚ましで目が覚めた。
ストンと寝れなかった不快感が習慣のようになっていたので、いい寝覚めではない。
朝ご飯を作り、弁当を作り、ダンナを車で駅まで送って行く。その間にそれは、決定的になった。
眠い。
それもただ眠いのではない。ボーッとしてここにいる実感がないのである。
家に戻ったら早々に寝てしまった。薬よ、眠りと引き替えにこれから毎朝私をこのように苦しめるのか。
これでは午前中が使い物にならん。これならまだ、ただの寝不足の方がマシである。
しかし、ストンと眠る希望が断たれるのは惜しい。
そうだ、昨日は飲む時間が遅かったじゃないか。もっと早い時間に飲んだらどうなるのか。
平日の夜なんて、あとはただ寝るだけの消化試合だ。いくら早く眠くなったって誰も困りはしない。
まだ聴かずにいたCDのボーナストラックに、希望を託す。