「おお、そうだそうだ!」
突然父は思い出したように立ち上がり、隣の部屋に消えた。
母の火葬が済み、兄やいとこと父の家で食事をしていた時のことである。
「これこれ。お前、どう?中国に行った時にお前達に、って買ってあったんだけど。」
父は、ふたつのメッセンジャーバッグ型のショルダーバッグを手にしていた。
母と旅行に行った時に、買ってあったのだと言う。
何度も書いているが、私は両親を疎遠にしていたので、土産などもらうような関係ではなかった。
何年も拒絶していたにも関わらず、なんでこんなものを買ったのだろう。
いつかこうして手渡す日が来ると思っていたのか。
確かにその日は来たが、母はもういない。
「バンドやってるんだろ?こういうのがいいんじゃないかって。」
何でバンドをやってるとメッセンジャーバッグなのか良く分からんが、そう言われたこともあり、今ではリハやライブに良く持って行っている。
使ってみるとそれは楽譜を入れるのにちょうど良く、また肩掛けなので手がふさがらないスグレモノであった。荷物が多いので、重宝している。
このバッグを手にするたびに、母のことを思い出す。
もう私と母を繋ぐものは、何も残っていなかった。
こうなることは何となく分かっていたので、できる限り親に関するものは処分してあったのだ。
そのものを見る度に、思い出すようなことにはなりたくなかった。
もっとハッキリ言うと、自責の念に駆られるんじゃないかと思っていたのだ。
自分の意思で遠ざけたその人の、暖かい思い出が残ること。
それが怖かったのだ。
今、私はバッグに母の存在を感じている。
消えてしまった母のかけらだ。
大切に、大切に、大切に使っているよ。
自責の念はない。
時を止めたままそこにいる母を、感じている。
そこに笑顔の母がいる。