相変わらず、何の目標も達成しない毎日である。
思えば子供の頃は良く母に、「サッサとしなさい!」「グズ!」と言われたものである。
本当に良く言われた。
あまりにもいつも言われているので、私には「グズ!」程度の罵倒など小鳥のさえずりのようなものであった。
しかし今、親になって思うが、子供とは言えなかなか人に向かって「グズ」とは言えん。
私も何度も娘ぶー子にブチ切れしたが、罵るようなことは言ったことがない。
いや、母が悪いのではなく、私がそれほどにグズだったのだ。
それは間違いない。
学校は、小学校の時から毎日のように遅刻していた。母も諦めていた。
まず、朝起きれない。
もちろん何度も起こされるが、さすがに布団から引きずり出しはしないので、私が観念するまで起きることはないのである。
私だって、遅刻は嫌だ。
みんな席について静まり返った中、遅れて入る気まずさ。
いつもその時は後悔するのだが、朝になると眠くてそんなことなどどうでも良くなってしまう。
そこへきて、グズだ。
毎日玄関で友達を待たせ、その挙句、先に行ってもらう。
私はまだ口にパンを頬張りながら、走って学校に向かう。吐いたこともある(笑)
それでも、改心しない。
学校なら、恥をかくのは私だけだからまだいい。
家族で出かける時の母は、さすがに容赦がない。
グズ!のろま!サッサとしなさい!何やってるの!
不思議なことに、そう言われても焦ったような記憶がないのだ。
もうそれ以上、私には急ぎようがないのである。
なぜなら私は、「動きが遅い」のではない。
脱線するから時間がかかっていたのである。
ということに、今気がついたのだ。
相変らず私は脱線している。そのため、何事をもやり遂げずに終わる毎日であった。
そして相変らず出掛ける時は、いつも走っている。
お母さん、私はグズと違いますよ。だから何も響かなかったんじゃないですかね。
胸張って言うが、私は真っ当な「脱線バカ」だ。グズではない。
こうしてパソコンに向かいながらも、爪を切ったり猫をいじったり空想したりと、真っ当に脱線している。
まっすぐ進むことの難しいことよ。
母が生きていたら、まだ私をグズと叱るだろうか。