僕は意を決して、妻に言うことにした。もうこんな茶番は耐えられない。
「話がある。」
改まって妻を呼ぶと、妻は怪訝そうにテーブルについた。
「君がいつも『私の子』と言っているのは、『私の子』ではないだろう。分かってて言っているのか?もうこれ以上は付き合えない。限界だ。」
妻は驚いてこちらを凝視した。口が少し開いている。
「どうして今さらそんなことを言うの?この子は私達を本当の親だと思っている。それを今さら・・・。」
「他の子達は気づいているだろう?みんな疲れてる。僕達の子供であると思って、高飛車になってるんだよ、あの子は。」
「わざとじゃないでしょ。そう信じてるんだから。」
「ならもう本当のことを分からせるべきなんじゃないか。あの子は他の子達と変わらないんだ。君だって、おかしい。いつまであの子を・・・。」
「じゃあエルの親は誰なの!?」
妻の言い分も、分からなくはない。
エルを保護した時にはまだ目も開いていなかったのだ、エルにとって僕達は親猫と刷り込まれていたとしても、それはおかしなことではない。
しかし、それは間違った認識なのである。いわば、勘違いだ。壮大な勘違い。そしてそれを増長させたのは妻だ。あいつはいつまで猫と一緒に寝ているつもりなのだ。
「もうハッキリさせよう。生態系が狂う。」
僕は一度立ち上がり、洗面所から旅行用の大きめの手鏡を持って来た。
「あなた。何を・・・。」
妻の顔が不安と恐怖に歪む。構わず僕は、その鏡をエルに向けた。
「これがお前の本当の姿だ!猫に返るんだ!!」
僕の目からも、涙がこぼれた。
あれから1ヶ月。
妻は相変わらず良く寝ている。
その隣で、相変わらずエルも良く寝ている。
僕はあの「決心」に、半年もかけたのだ。僕だって本当は、できることならいつまでもエルの父親でいたかった。僕にとっても、身を切られるような決心だったのだ。
しかしそれも、エルの無反応と妻の爆笑で終わってしまった。
一体鏡とは、何を映すものなのだろうか。
それとも猫の目には、何が映るのだろうか・・・。