人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子54歳。

 

<拍手機能について>拍手機能を外部から追加しましたが、反映するまでタイムラグがあるようです。励みにしてますので、ご理解いただいた上でポチっていただければ嬉しい限りです。よろしくお願いします。なお、拍手機能はスマホ版に表示されていないようで、使用できない方には申し訳ありません。

『思い出の品』か、『ただの紙』か

昨日の続きだ。

今日はラーメン食べて寝ていただけなので、ネタがない(笑)

さて、次の袋も写真ではなかった。

何やら細かいものがゴッソリ入っていたが、それらはチケットやパンフレットなど思い出の品であった。

そもそもはアルバムの写真に合わせて一緒に貼るつもりだったのだが、こっちが出遅れてしまったので結果的に手付かずで残った状態になっている。

こちらも袋3つ分。

そのうちのひとつはダンナの独身時代のものであり、私が作っているアルバムより以前にさかのぼっている。

手を止めて考える。

どうしようEE:AE4E6

アルバムから遅れた時点で、これらは独立してまた別のアルバムに貼っていくつもりでいた。

しかしつくづく見てみると、単なる入場チケットである。しかも大量。中にはスキーのリフト券まであった。

こんなものを貼ってどうしようというのか??

しかもダンナの古いやつなど、私には全く懐かしくも何ともない。

捨てるか。

捨てれば楽になるぞ。

とはいえ一応中身を確かめないと、袋ごと捨てるには勇気がいる。

中に意外と貴重だったり衝撃的なものが入っていたりするかもしれない。

つくづく「捨てられない人間」の典型である。

以前父から、海外に行ったときに集めて回ったコースターをたくさん貰ったことがあるが、「人に押し付ける」という卑怯な方法で解決を図った父は、ある意味賢い。

お陰で今は、こっちが困っている。

「貰った」というだけで、捨てづらくなるのである。

しかし相手は紙のコースター。情けを持って何度も使えば、グニャグニャにゆがんで来る。

そこがやっと捨て時だが、奴ら、意外とタフである。

これらを全て「使い切る」には、まだまだ時間がかかりそうだ。

大量の入場チケット(使用済み)は、「誰かにプレゼント」という選択肢も含めて保留だ。

これもまたひとつにまとめて、結論は先延ばしである。