仕事だ。
私の預金残高はついに2万を切ったが、自分のペースに合う仕事もなく、途方に暮れていた。
と言うか、私のペースに合う仕事などあるのかどうか疑問ではある。
週に1度か2週に1度程度、どうかしたら月1でもいいのだ。
食費だけ稼げれば、今まで通りの生活でいけるのである。
「時々」、という仕事が欲しい。
そんな都合の良い仕事が、向こうの方からやってきたのであった。
モデルである。
そう、母の所属する油絵クラブのモデルだ。
とうとう年金生活者から受け取るお金を、アテにしなくてはならなくなってしまったのであった。
午後1時~5時で6千円というなかなか良い仕事だが、楽ではない事は過去の経験でもう分かっていた。
だから私は、午前中を寝倒したのである。
あれは、睡魔との戦いなのだ。
専業主婦が昼まで寝てる、と後ろ指さされてもいい。
あの睡魔と戦うのは私なのであり、なんならお前やってみろと言い返してやる。
あの仕事のキツさは、トップクラスである。
「できるだけ楽な恰好になるようにね。」
長時間同じ姿勢をとる事になるので、気を使ってそう言ってもらう。
今回は床に座って足を投げ出して後ろのイスにもたれるポーズだったが、楽な恰好などしたらそれだけ眠くなるに決まっている。
なので私は、右足を軽く折って内側に曲げてみた。
これなら軽い刺激であり、対睡魔戦にちょうど良いぐらいだろう。
カーン、戦いのゴングが鳴る。
1R15分である。
眠くはない。
どこも痛くも辛くもない。
今回は比較的楽にいけるかもしれない。
・・・という考えは、やはり甘かった。
10分もすると、曲げた右足が痛くなってきた。
しまった、睡魔対策に気を取られていたが、伏兵の登場である。
たかが15分、と頑張ったが、この伏兵が実はクセモノであったのだ。
15分経つと5分の休憩が入るが、その間にできるだけ体を動かし、先程のポーズを忘れさせるようにする。
次に座ればもう楽になっているが、同じ痛みは徐々に早く、そして大きく現れるようになってきた。
これは・・・、ヤバい。
脚というものは骨盤に繋がっているという事を、体をもって知らされたのだ。
足の痛みは腰の痛みとなり、まだ知らぬギックリ腰への恐怖が迫り来る。
かと言って今さらポーズを変える訳にもいかない。
そこで私は、少しずつ右足を伸ばすことにした。
少しずつやれば、気付かないだろう。
これは成功した。
完全に伸ばすわけにはいかなかったが、結構伸びたので、ずいぶん楽になったのだ。
しかし、今度は途端に眠くなった。
そうだった、思い出した、この仕事、できればもうやりたくないとまで思ったはずであった。
痛いか眠いか。
どちらがいいのか私は考えたが、眠くなったら足を動かして「痛い」を選び、痛くなったらまた足を動かして「眠い」を選ぶようにして過ごしたのであった。
最後の15分が終わると、曲げた足が動かなくなっていた。
ガッチガチに固まった感じで、無理に動かすと腰がやられそうな痛みが走る。
仕方なくそのままのポーズで体を回転させて、うつぶせになってから起きた。
生命保険に加入する時には仕事上のケガのリスクが考慮されるが、思うにモデルはハイリスク群である。
年寄りから金を貰うのは気が引けるが、これはそれだけの理由あっての賃金である。
炎天下のクリーニング工場での肉体労働より、はるかに辛い。
それなのに気が引ける不条理。
辛い仕事である。