人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

チロ、愛死

越谷レイクタウンにて。

この広大なショッピングモールには、私達家族の大好きな「ヴィレッジ・ヴァンガード」系列の店が3軒も入っている。

飲食店の方も入れると4軒だ。

それだけでも、充分楽しめる場所なのであった。

ヴィレッジ・ヴァンガードには雑貨、おもちゃ、書籍、お菓子、と何でも揃っているが、一応肩書きは本屋なのだと知ってちょっと驚いた。

確かに、単なる雑貨屋としては本の品揃えが多く、またその内容も充実しているのでなるほどと思いもしたが。

毎度「今日は何も買わない、見るだけだ」と決めておきながら、毎度必ず何がしかの本を買ってしまうのである。

森ゾーンにあるヴィレッジ・ヴァンガードは今日初めて入ったのだが、本の売り場が独立していて、サンプルをゆっくり読めるようにイスまで用意されていたのだ。

本はジャンルごとに分けられていて、私はもう疲れていたこともあり、「ペット」のコーナーのイスに座って猫の本を読んでいた。

そこへ娘ぶー子がやってきて、「あ!これだよ、これ!!」と言って1冊の本を取り出したのだ。

「チロ、愛死」。

反射的に「うわっ」と言って、思わず引いてしまった。

その話をぶー子から聞いてからもう1年ほど経つだろうが、強烈だったので私はタイトルまでしっかり覚えていたのである。

その日ぶー子は何となく入った本屋で、この本を見つけたのだ。

写真集である。

なんじゃこりゃ?と軽い気持ちで手に取ったそれは、荒木なんとかいう写真家のもので、チロとは彼の愛猫であった。

独特の雰囲気を持った写真集であった。

恐らく趣味か本業か、女性のヌード写真や仏壇、フィギュアの散りばめられたベランダなどの強烈な写真と、チロの写真が同時に収められていた。

その繋がりのなさが異様で、不思議な気持ちでついページを繰ってしまう。

チロは決して小奇麗な猫ではないが、とりすましていないチロの日常が写されていて、荒木氏に愛されていることが伝わってくる。

ヌード、チロ、ヌード、チロ。

何が言いたいのか?

しかし、少しずつ変化は現れていた。

チロがどんどん痩せ衰えてくるのである。

相変わらず片方のページは青空や女性が写っているが、とうとうチロは血を見せるようになり、横たわる写真ばかりになった。

「オレ、もういい・・・。」ダンナはそこで席を外した。

しかし私は手を止めることができなかった。

先を見るのは怖かったが、荒木氏の力か、チロの力か、嫌な予感は満載だったが私は最後まで全て見てしまったのである。

チロはグッタリしている。

反面、変わらぬヌードやある時は子供達の笑顔。

やがてチロは死ぬ。

花に埋もれて棺に納められているチロ。

隣の写真も、花に埋もれて棺に入っている女性(後で知ったが、これは亡くなった奥様との事である)である。

そして荼毘に付されるのだが、横たわるチロ、次の写真はまったく同じポーズの骨となったチロである。

そしてコートを羽織り、骨箱を抱える荒木氏。

あとはただ空、空、空・・・、最後は「自分はチロをとても愛していた」というような言葉の走り書きで終わる。

ぶー子を恨んだ。見たくなかった。見るんじゃなかった。

写真家である荒木氏は、大好きなチロを撮り続けた。

愛らしい表情でこちらに目線を向けるチロも、病気でボロボロになっていくチロも。

これは、愛なくしてできる事ではない。

チロのために捧げたであろうこの1冊、そしてチロの生きていた証となるこの1冊を、しかし私は「見なければ良かった」だけでは済ませることはできない。

そこにある激しいまでのチロへの想い、そして残された悲しみ。

それを観た私達も、チロという存在の証人となったのだ。

私は荒木氏に伝えたい。

あなたの愛猫は確かに生きていた。

そして確かにこの世を去った。

しかしその存在は、会ったこともない私にもしっかり刻まれたと。

ぶー子がこの本を手に取ったときには、たまたまiPodで音楽を聴いていたそうだ。

それがBGMの役目を果たし、非常に辛かったとのことだ。

簡単に想像できる。

BGMもなくササッと流すように見ただけでも、あの衝撃である。

私もいつか、見る人を感動させるような写真が撮れたらいいなぁと思うが、この本はその境地である。

チロ、愛死・荒木 経惟

ぶー子がその時聞いていた曲。←クリック