人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

母からの重大な話

「ちょっと時間作ってもらえないかしら・・・。」

母からそんな電話が来たのは先週末である。

これは何か、重大な話があるはずだ。

「どうしたの?何かあった??」

母は答える。

「もう本当に離婚したいのよ。」

実はこれは初めてのことではない。

しかし、いよいよ本気の意気込みを感じた。

母が最初に「離婚したい」と言い出したのは私が中学2年生の時だったが、その後、長い別居生活の期間を除けば、母からこの言葉を何度も聞くことになる。

ごもっともである。

私の父は乱暴で横暴、口が悪くキレやすい、典型的な殿様オヤジであった。

ゆえに私とも絶縁状態になっているのだが、母はまだ耐えているのである。

母の「離婚したい病」はここ最近、非常に現実的になってきており、私はこれまで耐えてきた母を労って、それを応援するつもりでいたのだ。

私は家庭裁判所の離婚調停について調べ、申立書を印刷する準備をして、今日、母を迎えたのだった。

「私はこの家を手放したくないの。」

母も働いていたから、家を買う時には一緒にお金を出し、父が出て行った後もメンテナンスにかなりお金がかかったらしい。

風呂の改装がバカ高かったのは、母が勝手に悪徳業者に引っかかったからだが。

かと言って、大人しく父が家を出る訳がないので、金なら払うと言う。

かなりの額だったが、出て行ってくれるならくれてやる、との事だ。

「分かった。じゃあまずその線で話し合いをして、うまくまとまらなかったら裁判所だね。」

私は、ネットで必要な書類を調べようと腰を浮かせたのだが、「でもねぇ、私もいつまでも一人暮らしできないだろうから、だったら家を売っちゃってふたりで分けて、老人ホームに入ってもいいんだけど・・・。」

「でも、この家は私がここまで直してやってきたんだから、それもしゃくなのよね。」

「だいたい、私がリビングを占領してるのが気に入らないみたいで、部屋をよこせって言うのよ。」

「台所のドアが閉まってると、もの凄い怒り出すし。」

「トイレを汚すのよ、オシッコこぼして!」

「掃除だって分担してるのに、あの人がやると汚いのよ。」

「一晩中暖房つけてるから電気代が高いし」

「あの人は、威張りたいのよ、この家の主として。だからいつも怒る種を探してるの。」

「私の人権はないの、そもそもはそこからなのよ。」

「自分はパッパパッパ無駄遣いするくせに、お金がないお金を出せ、って、せっかく貯めたお金を使っちゃうの。」

「挨拶もしない、ありがとうも言わない。」

「突然凄い勢いで怒り出すのが、本当に嫌。」

私は何度も「話し合い」や「調停」、「こうしたらどう?」と具体的な話に持って行こうとしたのだが、「無理無理」と言って取り合わず、延々と父の悪口を言い続ける。

分かった、と言うか、分かっている、父がそんな野郎だと言うことなんか、良く分かっている。

だから一歩進もうじゃないか。

この不幸に終止符を打つのだ。

「庭だって、あの人が出て行ったから私がきれいに花を植えてたのに、全部引っこ抜いてあの人の庭にしちゃった。」

「洗濯物だって、入れるだけで絶対にたたまないのよ。」

しかし、どんなに話の方向性を修正しようとしても、母のグチは止まらないのである。

やっと私は気がついた。

母はグチを言いたいだけなのである。

ケンカした時は本気で別れようと思うらしいのだが、冷戦状態を経て父が少し大人しくなってくると、様々な手続きが面倒になる・・・、その繰り返しであった。

私はいちいち本気にしていたが、こっちも忙しいのだ、母の催促がないとやがて忘れてしまう。

今回はいよいよ「時間を作ってくれ」なんて言うから、裁判所まで調べたのである。

「この間は珍しく、『出かけるから洗濯物を入れられない』って言いに来たのよ。まぁ機嫌さえ良ければ私も我慢できるんだけど。」

我慢できるんですねEE:AEB64

まぁ、正月も会ってなかったのだ。こうしてグチを聞いてあげられただけでも良かったじゃないか。

無駄のように見える父の存在も、母との時間を作るためには役に立っているのかもしれない。

「じゃあまた今度、ゆっくりね。」

車を降りた母の表情は、心なしか少し元気になったように見えた。