モラークは嫌われていた。
娘ぶー子の大学の講師だが、英米語学科なのでネイティブの先生が何人かいるのである。
普通、外国人というだけで意味もなく好かれるものだが、それでも嫌われているとはかなりのツワモノである。
その理由は「授業があまりにもつまらない」という事だが、それだけでそんなに嫌われるものなのかと、私は二十歳前後の人間と関わるのが恐ろしくなった。
中年の太った女性講師。
真面目で融通が利かない。
どのクラスの生徒ももれなく彼女を嫌っていたらしいが、ぶー子のクラスも例外ではなかった。
しかし、ぶー子のクラスは違った部分で例外になった。
生徒が一丸となって、何とか授業時間を減らす事にしたのである。
具体的には、雑談で引っ張る、という事である。
みんなで持ち上げ、おだて、乗せ、時にはお菓子やお土産を渡す。
他のクラスでは冷たい待遇だったのだ、モラークの表情もやがてほころんでくる。
こうしてぶー子のクラスでは、モラークが来るとひとしきり雑談するのが習わしとなった。
それは最長、40分にも及んだ。
しかし、決してみんながモラークを好きになった訳ではない。
むしろ嫌いだから、こうしてごまかしているのである。
勉強の嫌いなぶー子は率先してモラークを祭り上げたが、学校に行く前に「はぁ、今日はモラークか・・・。」とため息をついているのを何度も聞いた。
しかし、12月も終わりに近づく頃、ぶー子は嬉しい知らせをもってきた。
「モラーク、今年度で終わりなんだって。」
辞めるのか違う学校へ行くのかは分からないが、とにかくもうすぐお別れになるという事である。
嬉しい知らせだったはずである。
しかしぶー子は少し寂しそうだった。
「最後ぐらい、パーティでもやってやるか。」
そう言って正月休みに入ったのである。
それっきり私はモラークの事は忘れていたが、今朝、思い出したので聞いてみた。
パーティはやったのか?
やはりやらなかった。
せめて最後の授業の時には盛り上げてあげよう、と黒板に大きく「Thank You!」と書き、ぶー子は小さくメッセージを入れた。
しかし誰も「書くことがない」と続いてくれず、大きな黒板には無駄に大きな「Thank You!」の文字と、二人分のメッセージだけ、というかえってみじめなサプライズになってしまった。
ところが教室に入ってきたモラークはそれを見てとても喜び、何枚も何枚も写真を撮っていったらしい。
テスト中にもいそいそと携帯を取り出して、また何枚か追加する。
「ちょっと、喜びなんてこんなモンじゃねーよ、普通はもっと凄いんだよEE:AE4E5」ぶー子は心の中で叫んだ。
「みなさん、ありがとう。私はこのクラスが一番好きでした。」
そう言い残して、モラークは去って行った。
みんなの胸に悲しい塊を残して。
ところで、大学に別れを告げるのは、モラークだけではない。
ぶー子も辞める事になった。
他にやりたい事が見つかったし、そうなると大学の勉強はもうやる気にならない、との事である。
どこまでそれを手にできるかは分からないが、このご時勢、イヤイヤ大学にしがみついたところでさほどメリットがあるようにも思えない。
頑張れとしか言えないが、後はぶー子の人生だ。
親としては不安だが、私の過保護も卒業の時が来たようである。