かれこれ3時間近く、私は湯船に浸かっていた。
私はそこで、一心不乱に歯ブラシを動かす。
敵は湯船のフタである。
きったねぇなコイツ、と思ったのは1週間ほど前だが、普通に洗剤をつけて専用のブラシでこすっても、あまりきれいにならなかったのだ。
これは本腰入れて歯ブラシで丁寧にやらにゃ、やろう、やりたい、そんな気持ちになり、ついに昨日の夜、その時が来たのである。
湯船のお湯はもう捨てるつもりで、湯に浸かりながら歯ブラシで湯船のフタをこする。
ところが、思ったより落ちない。
フタはくるりと丸められるように蛇腹状になっているので、溝になっている部分を重点的にこすっていた。
しかしここは前回でそこそこきれいになっていて、大した変化は起こらないのである。
むしろここだ。気づいたのは表面の汚れだが、石のようにこびりついた水アカであった。
フタの色に近い白だったので発見が遅れたが、気付いてみればビッシリついている。
硬いので、歯ブラシの柄の部分で根気良くこそげ落とすのだ。
私は案外こういった地味な作業は好きである。
かくして夜の8時半から、風呂場に閉じこもったのである。
しかし、こんなに時間がかかるとは計算外であった。
もともとぬるめに沸かした湯船の湯も、すっかり冷えてしまった。
お陰でのぼせることはなかったが、寒いぐらいだ。
ガリガリガリガリ。
ガリガリガリガリ。
時計を見ると、11時を回っている。
ダンナは残業だと言っていたが、こうなったら彼が帰ってくるまでここに立てこもってやる。
ガリガリガリガリ。
ガリガリガリガリ。
それでもまだ、全体の3分の2ほどであった。
「・・・何やってんの!?」
娘ぶー子が帰ってきたのはその頃である。
「何って、見てのとおりよ、これがもう面白くてここでずーっと・・・。」
ところがぶー子は最後まで私の言葉も聞かずに「何やってんの!!そんなことやってる場合じゃないでしょ!!早くやるよッ、寝室の掃除!!」と声を荒らげた。
あ?掃除って、もう11時回って・・・、ああそうか。
詳しくは昨日の記事の通りだが、どうやら寝室には「目に見えないお客様」が居ついているようで、私は大変ビビッていたのだった。
それが部屋を片付けるだけでも環境が変わると言うので、これは早めに掃除をしなくてはと言っていたのだが、今かよEE:AE5B1
余計な情報を私に入れてしまった罪悪感があったのか、ぶー子も手伝うと言っている。
そりゃ、もし誰かが居ついているのなら一刻も早くお帰りになって頂きたいので、私は今の今まで夢中になっていたフタ磨きを手の平を返したように止めて、湯船から飛び出した。寒いEE:AEB64
ぞうきん3枚とハンドクリーナーとクイックルを持って、見えない立てこもり犯のいる寝室に突入。
それぞれにぞうきんをかけたり必要ないものを捨てたりしていたが、調子に乗って「今頃『ひえ~~っ』って思ってるかな?」と言ってみたら「思ってないからEE:AE4E5」となぜか不機嫌そうにぶー子は答えた。なんでだ。
どこかで立てこもり犯と通じているのではと真面目に恐ろしくなり、私は心を込めて掃除に勤しんだ。
カエルのお守り発見EE:AEAAB
金運のお守りだったが、この際神様ならなんでもいい。
私はお香の側にそっと置いた。
「あと、枕元にお気に入りのぬいぐるみかなんかを・・・、あ、これはどう?おばあちゃんが大事にしてたヤツ。」
オルゴールのついている猫のぬいぐるみだった。
ところがこれはちょっと首をかしげており、安定が悪かった。
万が一にもこの子が夜中に倒れたときの事を思うと、・・・。
この子は予選落ちである。
結局比較的大きいテディベアを枕元に置いて、部屋の掃除は終わった。
ところで私は、やってはいけない事をしてしまった。
オルゴールのネジを回してしまったのである。
しばらくはキラキラと綺麗な音が流れていたが、それはやがて止まる。
止まった時に気がついたのだが、後の祭り。
「ぶー子・・・。これって時々何かの拍子で鳴ったりする事あるよねEE:AE4E6」
「だー、そういうことをいちいち気にするからダメなの!そう!これ、また鳴るから!そういうものだから!」
そんな風に言った割には、掃除が終わるとまるで逃げるように「じゃあ寝るから」ととっとといなくなってしまったので、余計に怖くなった。
なので昨日は、飲んでから寝る事にしたのだった。
時間は2時。ナントカどき、である。
私はその「ナントカ」を思い出さないように、寝室に向かった。
エアコンが効いて、気持ちがいい。
ああ眠い。
これなら気持ち良く眠れそうだ。
その時。
「♪」
鳴った。
オルゴール、鳴った。
1音だけチャラン、と鳴った。
これはそういうおもちゃなのだ。
全然怖くないぞ。
誰んちもそうなのだ。
ウチは違うと言う人は、寝ていて気付いてないだけである。
ああ、これから幾夜、この寝室で寝る事になるのだろうか。
いつか慣れる日が来るはずだ。
その頃には、自分に怖いものなど何もなくなっているだろう。
それが最強のぽ子だ(泣)