仕事から帰ったら、眠くなった。
また酒を控えているので、寝不足なのだ。
娘ぶー子は説教の効果か、自室で勉強をしている。
ダンナからはまだ連絡はない。
7時。
まぁちょっといいか、晩ご飯の下ごしらえは済んでるし、やらなきゃならない事はもうない。
ソファで目を閉じる。
寒い・・・。
うすら寒いとは思っていたが、眠りに入る前はなお冷えるものだ。
私はフリースのジャケットを着た腕を組んで目を閉じた。
そこへちびエルがやって来た。組んだ腕の上で丸くなる。
そうなのだ。
寒くなってくると「つれないエル」も暖を求めて寄り添ってくるようになるのだ。
あったけー・・・。
猫1匹でポッカポカだ。
おやすみなさい、グー・・・。
ピリリリリ・・・。
いい所で電話である。
眠り的にもエルとの熱い時間的にも、いい所であった。
私は極力エルを(「ごく・カエル」ではなく、「きょくりょく・エル」である)動かさないように抱いて電話に出たが、再びソファに戻ると胸から降りてしまった。
寒い・・・。
心も寒い・・・。
寝たのはほんの数十分だったが、小さな眠りでも起き方次第では充分は休養になるものだ。
もっと寝るつもりだったが、すっかり目が覚めてしまった。
それでもしぶとくしばらく目を閉じていたが、う~ん、寝たい、あ、でもアレやるか?
でもアレはなぁ。
ゲームである。
いまぽ子はドラクエⅧにズッポリはまっている。
どんなに小さなチャンスも逃さず、むしろ小さなチャンスを率先して作り、チマチマと進めているのだが、ぶー子とは「勉強しろ」の一件でもめたばかりである。
ぶー子の勉強と同時進行で自分はゲームでいいのだろうか。
いや、受験をするのはぶー子である。
私が頼んで進学させるのではない。
彼女が望んだ道なのだ。私が何をしようと関係あるまい。
彼女はもう18である。
もうそれぞれの人生を歩み始めているのだ。
私は自分に言い訳をし、コントローラーを握った。
しかしボリュームを極力下げ、すぐにテレビを消せるようにリモコンを側に置いた。
まぁそうすぐには下りては来まい。
あれだけ説教したのだ。
ゲーム上ではA型の血の方が騒ぐ。
Bの方はなりを潜め、私はコツコツと進めている。
充分にキャラクターを強く育て、装備品も最新のものを揃えてから先に進むが、そのためには多くのバトルをこなさなくてはならない。
その時は、どえれ~強いサソリの黄色いのが4匹も出てきて、ぽ子は苦戦していたのだ。
そんな時に限ってぶー子が2階から下りて来る。
「ちょっとお腹すいたけど。」
寸前でテレビは切った。
スピーカーから音だけは出ていたが、極限まで下げていたので、知らずにいれば気づかない範囲だ。
ぶー子はりんごを冷蔵庫から出し、テレビの前に座ってゆっくり食べ出した。
「キャベツ、50円で買えてさ~・・・。」
ぶー子は勉強から逃れたひとときを楽しむように、機嫌良く喋ってくる。
私も午前中にギツギツに絞り上げた後だったので、できるだけ彼女のご機嫌を損ねたくない。
話に延々と付き合う。
「ん?」ぶー子が気付いたのは十数分も経った頃か。
「何か変な音しない?」
ぶー子はゲームのバトル音には気付かない代わりに、プレステ3の作動音に反応してしまった。
「・・・・・・・。」
観念した。
一応気は使ったのだ。
やましいことをしている訳ではない。
黙ってプレステを指すと、ぶー子の顔色が変わった。
簡単な日本語にすると「ずるい」、そんなところだろうか。
「なんで、べつに、やればいいじゃん。」
「いいじゃん」という言葉とは裏腹に、明らかにテンションが下がっている。
「まぁ、でも、これでも一応気を使った訳で・・・。」
オロオロするとかえってやましい感じがするので、「実は音もするでしょ、ハハハ。」といらぬカミングアウトをしてしまった。
結局ぶー子の前ではやらなかったが、やはり今後も注意が必要である。
これは3年前の高校受験の時にも起こった事だ。
まぁこの程度の気遣いで大学に受かるのなら、簡単な事だ。
神様が現れて、「ぶー子が受かるまでゲームを封印するなら、ぶー子を合格してしんぜよう。」と言ったなら喜んで封印するが。
でもそんなセリフはどこからも聞こえてこないので、ぶー子には実力で頑張ってもらい、ぽ子はコソコソゲームをやるのみである。