人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

それぞれの人生

仕事から帰ったら、眠くなった。

また酒を控えているので、寝不足なのだ。

娘ぶー子は説教の効果か、自室で勉強をしている。

ダンナからはまだ連絡はない。

7時。

まぁちょっといいか、晩ご飯の下ごしらえは済んでるし、やらなきゃならない事はもうない。

ソファで目を閉じる。

寒い・・・。

うすら寒いとは思っていたが、眠りに入る前はなお冷えるものだ。

私はフリースのジャケットを着た腕を組んで目を閉じた。

そこへちびエルがやって来た。組んだ腕の上で丸くなる。

そうなのだ。

寒くなってくると「つれないエル」も暖を求めて寄り添ってくるようになるのだ。

あったけー・・・。

猫1匹でポッカポカだ。

おやすみなさい、グー・・・。

ピリリリリ・・・。

いい所で電話である。

眠り的にもエルとの熱い時間的にも、いい所であった。

私は極力エルを(「ごく・カエル」ではなく、「きょくりょく・エル」である)動かさないように抱いて電話に出たが、再びソファに戻ると胸から降りてしまった。

寒い・・・。

心も寒い・・・。

寝たのはほんの数十分だったが、小さな眠りでも起き方次第では充分は休養になるものだ。

もっと寝るつもりだったが、すっかり目が覚めてしまった。

それでもしぶとくしばらく目を閉じていたが、う~ん、寝たい、あ、でもアレやるか?

でもアレはなぁ。

ゲームである。

いまぽ子はドラクエⅧにズッポリはまっている。

どんなに小さなチャンスも逃さず、むしろ小さなチャンスを率先して作り、チマチマと進めているのだが、ぶー子とは「勉強しろ」の一件でもめたばかりである。

ぶー子の勉強と同時進行で自分はゲームでいいのだろうか。

いや、受験をするのはぶー子である。

私が頼んで進学させるのではない。

彼女が望んだ道なのだ。私が何をしようと関係あるまい。

彼女はもう18である。

もうそれぞれの人生を歩み始めているのだ。

私は自分に言い訳をし、コントローラーを握った。

しかしボリュームを極力下げ、すぐにテレビを消せるようにリモコンを側に置いた。

まぁそうすぐには下りては来まい。

あれだけ説教したのだ。

ゲーム上ではA型の血の方が騒ぐ。

Bの方はなりを潜め、私はコツコツと進めている。

充分にキャラクターを強く育て、装備品も最新のものを揃えてから先に進むが、そのためには多くのバトルをこなさなくてはならない。

その時は、どえれ~強いサソリの黄色いのが4匹も出てきて、ぽ子は苦戦していたのだ。

そんな時に限ってぶー子が2階から下りて来る。

「ちょっとお腹すいたけど。」

寸前でテレビは切った。

スピーカーから音だけは出ていたが、極限まで下げていたので、知らずにいれば気づかない範囲だ。

ぶー子はりんごを冷蔵庫から出し、テレビの前に座ってゆっくり食べ出した。

「キャベツ、50円で買えてさ~・・・。」

ぶー子は勉強から逃れたひとときを楽しむように、機嫌良く喋ってくる。

私も午前中にギツギツに絞り上げた後だったので、できるだけ彼女のご機嫌を損ねたくない。

話に延々と付き合う。

「ん?」ぶー子が気付いたのは十数分も経った頃か。

「何か変な音しない?」

ぶー子はゲームのバトル音には気付かない代わりに、プレステ3の作動音に反応してしまった。

「・・・・・・・。」

観念した。

一応気は使ったのだ。

やましいことをしている訳ではない。

黙ってプレステを指すと、ぶー子の顔色が変わった。

簡単な日本語にすると「ずるい」、そんなところだろうか。

「なんで、べつに、やればいいじゃん。」

「いいじゃん」という言葉とは裏腹に、明らかにテンションが下がっている。

「まぁ、でも、これでも一応気を使った訳で・・・。」

オロオロするとかえってやましい感じがするので、「実は音もするでしょ、ハハハ。」といらぬカミングアウトをしてしまった。

結局ぶー子の前ではやらなかったが、やはり今後も注意が必要である。

これは3年前の高校受験の時にも起こった事だ。

まぁこの程度の気遣いで大学に受かるのなら、簡単な事だ。

神様が現れて、「ぶー子が受かるまでゲームを封印するなら、ぶー子を合格してしんぜよう。」と言ったなら喜んで封印するが。

でもそんなセリフはどこからも聞こえてこないので、ぶー子には実力で頑張ってもらい、ぽ子はコソコソゲームをやるのみである。