But isn't it a bit strange to think that being able to speak English fluently but not one's own national language properly makes one an "international person?"
長文解読は忍耐である。
全体像を捉えつつ、丁寧に訳していかなくてはならない。
上の文章にまで来たら、ついに娘ぶー子は言った。
「腹減った、ちょっと何か食わね~~??」
正直、ここまで長いと私もウンザリする。
私にも、ホッとした気持ちがなかったといえばウソである。
リビングに行き、昨日の晩ご飯の残りを食べる。
その間私はブログの映画カテを更新した。
ぶー子は二皿平らげると、猫を追いかけ始めた。
現実に向かいたくないのだろう。
しかし逃げていても先には進まない。
永遠にテスト勉強は残るのだ。
「んじゃ、続きやるか。」腰を上げると、
「あ、ん、いや、ちょっと息抜きに社会をやるよ。」
社会は最初に手をつけたのだが、ちょっと読んだだけで「これは止めて英語にして」と言ってきたのである。
その社会が今度は「息抜き」である。ポジションが上がっている。
まぁいいよ、私もゲームやりたいのだ。
じゃあこれを記事にしてから・・・、とパソコンに向かっていたら、「聞いて聞いて!!」と大きな足音を立ててぶー子が2階から下りてきた。
「聞いて」とは、社会の勉強をしていて出てくるセリフではない。
嫌な予感は的中し、ぶー子は「部屋で猫と遊んでいたが、それがどんなに面白かったか」を興奮して一通り話していった。
・・・やる気ねーな、アイツ。
ならもう知ったこっちゃない。
私はゲームをやるだけである。