そこは、3年前に離れたダンナの実家であった。
今はもう雑草と瓦礫の土地となっているはずのその場所に、私はいた。
以前のままであった。
築30年余りの、純和風の家。
あちこちかなりガタが来ていたが、前に住んでいた義父母がちゃんと手入れをしていたので、古いがきれいな状態でその家はまだ存在していた。
なぜ、ここに?
寝室のグレーの絨毯、一部だけ畳になっているリビング。
全く以前のままである。
そしてそこには、何人もの外国人がいた。
私もその中に混じってはいたが、言葉がわからないので何が起きているのかがわからない。
居心地が悪いので、トイレに入った。
するとすぐに誰かが追って来たのか、ドアをガチャガチャと鳴らす。
とっさに私も取っ手を握り締めた。
しかし相手は鍵を無理矢理壊してドアを開けたのだ。
そこには見知らぬ女性が立っていた。
彼女は言う。
「ここにいたら危ない。早く逃げないと。」
なぜだか分からないが、私にはその意味がわかった。
ジョニーが遠くから走ってきて、私の手を取り、外に飛び出した。
海辺に出た。
もう安全か、と息を切らせてそこに立ち止まり振り返ると、後ろからは部屋にいた外国人が続いて来ていた。
中の一人が、渇きからか我慢できずに海の水を飲み始めたが、彼は悲鳴を上げ、ドロドロと溶けていってしまった。
伝染するように、周りの外国人は血を流し、目玉を落とし、どんどん溶けていく。
「ここはダメだ、戻ろう。」
ジョニーはまた私の手を引いて来た道を戻り、あの家の中に入った。
静かだった。
完全な静寂に包まれていたが、ザワザワと邪悪な気配だけが肌に感じられる。
見えない何かが壁から床から染み出てきて、私達に近づいてくる。そんな気配だ。
家の端まで走り息を潜めたが、振り向くと和室の障子がボロボロに朽ちていて、中が見えていた。
そこには血だらけの看護婦が何人も、所在なげに佇んでいた。
肩をダランと落とし、どこかロシアのマトリョーシカ人形を思わせる。
怖い。
ハッキリとそう感じたが、恐怖で身動きができない。
その時正面から、血だらけの看護婦が、老婆の乗った車椅子を押してこっちにゆっくり近づいてきた。
後ろは行き止まりだ。前に進むしかない。
私はジョニーと勢いをつけて前に走り出し、正面に見える螺旋階段に向かった。
私の家には螺旋階段などなかった。
しかもそれは地下に向かっていた。
未知の世界に足を踏み入れる恐怖はあったが、もう今は選んでいる場合ではない。
カンカン、と金属を蹴る音だけが響いていたが、その時、何か低い打楽器のような音を聞いたような気がした。
「ちょっと待って、ジョニー。」
私はジョニーの手を引いて歩みを止めたが、耳に入って来たのは「ダ、ダ、ダ」と規則正しく流れている、たくさんの和太鼓のような音であった。
私は螺旋階段の中心から、下を覗き込んでみた。
そこに見えたものは、木でできたお地蔵様の列である。
一列になってダ、ダ、ダ、と階段をゆっくり上がって来ているのだ。
「どうしよう、ジョニー!!」手の平からじっとり汗が滲みでてきた。
階段を振り返ると、邪悪な気配が近づいて来ているのもわかる。
「・・・進もう。目を合わせちゃダメだ。何もいない。見えない。ただ先に進むんだ。気付いてはいけない。」
ジョニーはそう言うと、また先に進み出した。
私もすぐ後に続いた。
何もいない、何も見えない。
そう言い聞かせて進んで行く。
やがてその「見えないはずのもの」がひとつずつ、横を通り過ぎていった。
彼らはこちらに意識を向けることもなく、片手に錫杖を握り、目を閉じて軽く微笑んだまま、これまでのように、ダ、ダ、とゆっくり上に上がっていた。
この一行をやり過ごすと、庭に出た。
私はそこが「矢沢永吉の庭」である事をすぐに悟った。
そして安堵の息をつく。
娘ぶー子の昨日の夢だ。
なんか、すんごいのー。