人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

彼女がその朝見たもの

そこは、3年前に離れたダンナの実家であった。

今はもう雑草と瓦礫の土地となっているはずのその場所に、私はいた。

以前のままであった。

築30年余りの、純和風の家。

あちこちかなりガタが来ていたが、前に住んでいた義父母がちゃんと手入れをしていたので、古いがきれいな状態でその家はまだ存在していた。

なぜ、ここに?

寝室のグレーの絨毯、一部だけ畳になっているリビング。

全く以前のままである。

そしてそこには、何人もの外国人がいた。

私もその中に混じってはいたが、言葉がわからないので何が起きているのかがわからない。

居心地が悪いので、トイレに入った。

するとすぐに誰かが追って来たのか、ドアをガチャガチャと鳴らす。

とっさに私も取っ手を握り締めた。

しかし相手は鍵を無理矢理壊してドアを開けたのだ。

そこには見知らぬ女性が立っていた。

彼女は言う。

「ここにいたら危ない。早く逃げないと。」

なぜだか分からないが、私にはその意味がわかった。

ジョニーが遠くから走ってきて、私の手を取り、外に飛び出した。

海辺に出た。

もう安全か、と息を切らせてそこに立ち止まり振り返ると、後ろからは部屋にいた外国人が続いて来ていた。

中の一人が、渇きからか我慢できずに海の水を飲み始めたが、彼は悲鳴を上げ、ドロドロと溶けていってしまった。

伝染するように、周りの外国人は血を流し、目玉を落とし、どんどん溶けていく。

「ここはダメだ、戻ろう。」

ジョニーはまた私の手を引いて来た道を戻り、あの家の中に入った。

静かだった。

完全な静寂に包まれていたが、ザワザワと邪悪な気配だけが肌に感じられる。

見えない何かが壁から床から染み出てきて、私達に近づいてくる。そんな気配だ。

家の端まで走り息を潜めたが、振り向くと和室の障子がボロボロに朽ちていて、中が見えていた。

そこには血だらけの看護婦が何人も、所在なげに佇んでいた。

肩をダランと落とし、どこかロシアのマトリョーシカ人形を思わせる。

怖い。

ハッキリとそう感じたが、恐怖で身動きができない。

その時正面から、血だらけの看護婦が、老婆の乗った車椅子を押してこっちにゆっくり近づいてきた。

後ろは行き止まりだ。前に進むしかない。

私はジョニーと勢いをつけて前に走り出し、正面に見える螺旋階段に向かった。

私の家には螺旋階段などなかった。

しかもそれは地下に向かっていた。

未知の世界に足を踏み入れる恐怖はあったが、もう今は選んでいる場合ではない。

カンカン、と金属を蹴る音だけが響いていたが、その時、何か低い打楽器のような音を聞いたような気がした。

「ちょっと待って、ジョニー。」

私はジョニーの手を引いて歩みを止めたが、耳に入って来たのは「ダ、ダ、ダ」と規則正しく流れている、たくさんの和太鼓のような音であった。

私は螺旋階段の中心から、下を覗き込んでみた。

そこに見えたものは、木でできたお地蔵様の列である。

一列になってダ、ダ、ダ、と階段をゆっくり上がって来ているのだ。

「どうしよう、ジョニー!!」手の平からじっとり汗が滲みでてきた。

階段を振り返ると、邪悪な気配が近づいて来ているのもわかる。

「・・・進もう。目を合わせちゃダメだ。何もいない。見えない。ただ先に進むんだ。気付いてはいけない。」

ジョニーはそう言うと、また先に進み出した。

私もすぐ後に続いた。

何もいない、何も見えない。

そう言い聞かせて進んで行く。

やがてその「見えないはずのもの」がひとつずつ、横を通り過ぎていった。

彼らはこちらに意識を向けることもなく、片手に錫杖を握り、目を閉じて軽く微笑んだまま、これまでのように、ダ、ダ、とゆっくり上に上がっていた。

この一行をやり過ごすと、庭に出た。

私はそこが「矢沢永吉の庭」である事をすぐに悟った。

そして安堵の息をつく。

娘ぶー子の昨日の夢だ。

なんか、すんごいのー。