面会に行くなり、「後で先生から話がありますので。」と言われて恐ろしくなった。
これまでこちらから「話をしたい」と時間を作ってもらったことはあったが、
向こうからとは初めてだ。
これでは面会に気が入らないぞ。
ところが着いてみると、驚いた。
何とエルは酸素のケースから出て、普通にケージに入っていたのだ。
「まだ今は様子を見ているんですけど・・・。」
それなら先生の話は悪い話ではないかも。
それはそれで気になり、結局面会もそこそこに受付に向かった。
「で、酸素の手配はどうなってますか?」
前に出口で顔を合わせた時に、退院したら酸素室が要りそうだと言っていたので
調べておきますと言ってあったのだ。
「まだ色々見ただけなのですが・・・。」
ぶっちゃけ、こんなに早く退院の話が出るとは思わなかったので、
本腰入れて見ていなかったのだ。
退院。
入院してから5週が経っていた。
早く一緒に暮らせる事を願っていたが、あまりに入院生活が長かったため、
実際こうなると戸惑いもある。
入院生活は離れていて寂しいけど、家にいるよりは安全なのだ。
そういう気持ちが定着してしまった。
また呼吸困難を起こしたら?
仕事に行ってる間は?
悪い兆候を見つけられるか?
決して「治った」訳ではない。
これからは家でマッサージを続けていく。
胸骨が膨らまなければ肺炎も完治しないとの事だ。
なので、肺炎を持ったまま連れて帰る事になる。
悪化させれば元のもくあみだ。
背骨はマッサージでは戻らない。
今後どうなるかもわからない。
酷くなるようだったら、その時はもう寿命だと覚悟してくださいとのこと。
いずれにしろ、これから2、3ヶ月が勝負だ。
そして私が一番悲しかったのはその、エルの寿命を左右するであろうマッサージだ。
まだ詳しい方法を聞いていないが、わきの下あたりの肋骨を手で包むようにして
キュッキュッと押すらしいのだ。
前に先生が他に医師に伝える時に、「100回もやればいいだろう。それを1日にできるだけ。」と言っていた。
100回はいい。できるだけもいい。
問題は「もの凄く嫌がる」らしい事だ。
そういえばこの病院に来る前のエルは、ケースに近づくと「開けて~!!」と騒いで頭でフタを開けようとするぐらい、人好きであった。
前の病院ではみんなに「エルちゃんは人が好きでねー・・・。それで人が来ると興奮して呼吸が乱れちゃうのが問題なんですよ・・・。」と言われていた。
ところがこっちにきてからだんだん、そんなところがなくなってきたのだ。
ちょっとは大人になったのかと思っていたが、もしかしたら治療ですっかり人が怖くなってしまったのかもしれない。
ケースに手を入れると怯えるような仕草をするのだ。
抱いてもじっとしている。
外に出したから苦しいのかと思ったら、ケースに戻ったとたんに元気にじゃれて来る。
これから家では私達がマッサージをしなくてはならない。
面会だけのいいとこ取りは、もうできないのだ。
もうエルのオアシスではいられないのだ。
人好きだったエルが離れてくのは、本当に辛い。
「だったらかわいそうだから止めるのか、って事になるんですよ。」先生は言った。
一番は命なのだ。
鬼になるしかないだろう。
しかし私も色々考えた。
せっかくここまで元気になって一緒に暮らせるのに、事情のわからないエルには苦痛の連続になってしまう。
人間の手が「苦痛」意外になくなってしまう。
何とかその中でも安らげる所を作れないか。
辛いけど、決めた。
私が嫌われ者になってやる。
私がマッサージを担当して、ぶー子とダンナはひたすら可愛がってくれればいい。
エルがどこまで人を区別できるかわからないけど、これでオアシスを作れる可能性はできる。
私だって嫌われ者になんかなりたくないけど、一番一緒に居られるのだ。
一番たくさんマッサージができるのだ。
絶対嫌われるとは限らないし、胸骨が治ればまだ時間はたくさんある。
楽しみだった退院が辛いものになったが、安田先生のお陰で寿命は飛躍的に延びた。
この命を大切にしたい。